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Vincent: The Secret of Myers (英語版Alpha) チャプター4:過去のRMU~マイヤーズ社地下

dino999z氏制作のフリーゲーム「Vincent: The Secret of Myers (英語版Alpha)」の邦訳記事です。ゲームのダウンロードはこちらから。
※現在は英語版verAlpha 1.0.0を元にしています。
※意訳・超訳・誤訳あり。
(前→チャプター3:法務部
(次→チャプター4:マイヤーズ社地下からの脱出

 

 

 

***************************


●チャプター4
(訳注:本章におけるトマス・ホッブズリヴァイアサン」の引用部分は、中央公論新社編「世界の名著 23 ホッブズ」の永井・宗方訳も参照しながら管理人が独自に訳を作成したもの。)

☆過去のRMU

???
 ヴィンセント・エッジワース君だね? RMUへようこそ!

???
 これが寮の鍵だ。新しいルームメイトとの出会いを楽しむんだよ!


ヴィンセント
 ……。

ヴィンセント
 (……新しいルームメイトだと?)

???
 もしもーし、誰か居るのか? 入るぜ。

ヴィクター
 おっ、よう! はじめまして。あんたがヴィンセントだな。

ヴィクター
 自己紹介させてくれ。俺はヴィクター・ブレイク、あんたのルームメイトだ。経済学を専攻してる。

ヴィクター
 ここで会えるなんて、とんでもねえ運命のめぐり合わせだ。そう思わねえか?

ヴィンセント
 ……運命のめぐり合わせ? 冗談は止せ。

ヴィンセント
 何事も理由があって存在している。我々の人生の出来事も我々自身の行動によって形作られたものだ、運命などではない。

ヴィクター
 ヘッ、そうかい。

ヴィクター
 けど、それなら俺たち二人がここに居るのにも理由があるってことになるよな?

ヴィンセント
 ……。

ヴィンセント
 一人部屋のほうがよかったか。

ヴィクター
 ……。

ヴィクター
 あんた、ものすごく素直なヤツなのな。

ヴィクター
 構やしないさ。いくつになっても入学初日ってのは恐ろしくしんどいもんだ。

ヴィクター
 だが請け合うぜ、俺たちはきっと親友になれる。

ヴィクター
 とにかく、簡単な自己紹介から始めないか。お互いのことを少しだけ教え合おうぜ。

ヴィクター
 出身はどこだ、ヴィンセント。

ヴィンセント
 ……G4地区だ。

ヴィクター
 G4地区? 俺もだよ。てことは俺たち二人とも地元の学生だな。

ヴィクター
 G4地区の好きなとこは? 普段はどこに遊びに行くんだ?

ヴィンセント
 私は……あまり外には出ない。

ヴィクター
 へえ……。

ヴィクター
 趣味は? ヒマな時はなにしてんだ?

ヴィンセント
 ……歴史書哲学書を読んでいる。

ヴィクター
 へえ、面白そうだ! 他には?

ヴィンセント
 ……それだけだ。他になにか必要なのか?

ヴィクター
 そっか……勉強熱心なんだな、ヴィンセントは。

ヴィンセント
 ……。

ヴィンセント
 つまらない奴だと思ったか?

ヴィクター
 いやいや、そんなわけないだろ。むしろ俺はあんたを見習うべきだ。

ヴィクター
 それより、今日の夜に新入生歓迎会があるらしいぜ。ヴィンセント、一緒に行かねえか?

ヴィンセント
 ……興味ない。

ヴィクター
 ……。

ヴィクター
 ……そうかい。でも、新しい友だちを作るのは悪い話じゃないだろ?

ヴィンセント
 私が友だち作りのためにここに来た風に見えるのか?

ヴィンセント
 お前にはまるで見当もつかないだろうが、この数年間、私は努力に努力を重ねてきた。RMUに受かったことは私にとっては当然の結果だ。

ヴィンセント
 だが他の馬鹿どもはここに受かっただけで勝ち組になったと思い込んでいる。

ヴィンセント
 G4地区の学生はもちろん、他の地区の学生でさえ、この名門校で学びたがる。

ヴィンセント
 だが連中にとって、『RMU』の3文字は他者に見せびらかすための肩書きでしかない。

ヴィンセント
 連中が入学初日を祝う真の理由は、単にこの大学に受かることが奴らの目的だったからだ。

ヴィクター
 他人にもずいぶんハードルの高い期待をしてるみたいだな、ヴィンセント。

ヴィクター
 でも、すまんが俺はそうは思わない。

ヴィクター
 ここの学生が、もう頑張って勉強しなくてもいいんだと思ってお祝いしてるって考えてるんなら、そいつは誤解だ。

ヴィクター
 たぶんあいつらにとっちゃ、RMUってのは人生における新章の始まりの象徴なんだよ。

ヴィンセント
 お前がどう考えていようと関係ない。連中が時間を無駄にしていることには変わりがない。

ヴィンセント
 だが私は違う。ここからまだ長い道程が続いていることを私は知っている。

ヴィンセント
 我々はG4地区のトップの大学にいる。言うまでもなく、もっとも競争の激しい大学だ。RMUの合格率はわずか4.5%。

ヴィンセント
 だからこそ、私はここでの時間を大事にしたい。私は自分の勉学に集中する。勉学だけにだ。他のことなどどうでもいい。

ヴィンセント
 競争はまだ続いている。グズグズしていては他の連中に対する敗北を認めたのと変わらない。

ヴィンセント
 私が成功を収めたと認めるのは……あの場所に職を得られたときだけだ。

ヴィクター
 ……あの場所?

ヴィクター
 なーるほど。分かったぜ。あんた……マイヤーズ社を狙ってるんじゃねえの?

ヴィクター
 そりゃケッサクだ。

ヴィンセント
 ……馬鹿にしているのか?

ヴィクター
 まさか。誤解すんな。

ヴィクター
 ヴィンセントクンは無邪気だねえと思っただけさ。笑っちまうくらいにな。

ヴィクター
 俺のルームメイトは死ぬほどつまんねえ奴なんじゃねえかと一瞬心配したけど、杞憂だったらしい。

ヴィクター
 あんたの話は一日中でも聞いてられるぜ。

ヴィンセント
 なんだと?

ヴィクター
 なあヴィンセント君、専攻を教えてもらえるか?

ヴィンセント
 ……法学だ。

ヴィクター
 法学ね。ま、確かにあんたは工学部の学生って感じじゃない。

ヴィクター
 あんた、頑張って勉強してりゃG4地区の一流企業に入れると思ってんのか? 冗談キツイぜ。

ヴィクター
 職場で重視されるのは真面目に働くことだけじゃない。人付き合いも不可欠な要素なんだ。あんたの職業の場合は特にそう。

ヴィクター
 そんなひっどい性格じゃ、さぞかし寂しい人生を送ってきたんだろうよ。

ヴィクター
 仮にマイヤーズ社に入れたって、あんたは他のみんなから爪弾きにされるだけ。

ヴィクター
 同僚には好かれず、上司からは世の中の仕組みも理解できない無能だと思われる。

ヴィクター
 あんたは除け者にされ、居場所を失くしてマイヤーズ社を追い出される運命なのさ。

ヴィクター
 いや。それとも、それがあんた自身の行動から生じる出来事だって言ったほうがいいか?

ヴィンセント
 ……。

ヴィクター
 けど、あんたはもう覚悟を決めてるわけだから俺の出る幕はねえな。あんたの決断を尊重しよう。

ヴィクター
 でも気が変わったら、いつでもパーティに来いよ。

ヴィクター
 歓迎会で会えることを祈ってるぜ、ヴィンセント! また後でな。


ヴィンセント
 ……。

ヴィンセント
 ……。

ヴィンセント
 (許せない)

ヴィンセント
 (胸糞悪い笑みを浮かべて、厭味ったらしい話をする)

ヴィンセント
 (ああいう偽善的で横柄なクズは、非生産的で無能な学生どもより腹が立つ)

ヴィンセント
 (『マイヤーズ社の除け者』だと……私の行く末は私が決める)

ヴィンセント
 (お前の無意味な意見など求めていないし、お前のような負け犬に私の夢を馬鹿にされる筋合いもない)

ヴィンセント
 (……)

ヴィンセント
 (こんな無駄なことは考えるべきじゃない)

ヴィンセント
 (幸いあいつは居なくなった。少なくともまだ今晩は独りで居られる)

ヴィンセント
 (あんな男に腹を立てているよりも、知識を深めることに夜の時間を使ったほうがいい)

ヴィンセント
 (さて、今日はどの本を読もうか)

ヴィンセント
 (『存在と無』、『国家』、『悲劇の誕生』……)

ヴィンセント
 (そうだな……今日は『リヴァイアサン』でどうだろう)



 『……この相互不信により、人間には己の身を守る方法として、先制攻撃よりほかに適切な術がない』


 『すなわち、暴力あるいは謀略によって、己に危害を与える力を持つ他の勢力がいなくなるまで、可能な限りすべての人間の人格を服従させるのである』
 (訳注:「リヴァイアサン」第13章より)

ヴィンセント
 ……。

ヴィンセント
 (ヴィクター・ブレイク、とかいう名前だったか)

ヴィンセント
 (考えてみれば、あいつは初めてのルームメイトで、ここで会った初めての人間だ)

ヴィンセント
 (初日から冷たくするべきではなかったかもな。賢明な行動ではなかった)

ヴィンセント
 (この小さな部屋で、ほとんどの時間を一緒に過ごすことになるのだから)

ヴィンセント
 (……いや、違う。来年は部屋を移って独り暮らしができるはずだ)

ヴィンセント
 (あの男に作り笑いをしてやる必要はない。そんなことをしたい気分でもない)



 『……法は理性に背くことはない。これは法律家の同意するところである』


 『また、文字(つまりそれを構成するもの)ではなく、立法者の意図に沿うものこそが、法である』
 (訳注:「リヴァイアサン」第26章より)

ヴィンセント
 ……。

ヴィンセント
 (12時か。あの男はいつになったら帰ってくるんだ?)

ヴィンセント
 (……なぜあの男のことを考える? あいつの習慣なんて私には関係ないだろう)

ヴィンセント
 (まるで帰りを心待ちにしているようじゃないか……訳が分からない)



 『……罪がないといえどもたった1人の人間の死で、厳格なる正義の下において、あらゆる人間の罪を弁済できるわけではない』


 『そのような罪のための犠牲を、神が慈悲の心で喜んで受けるものとして定めた、神の慈悲の下において、それは弁済となる』
 (訳注:「リヴァイアサン」第41章より)

ヴィンセント
 ……。

ヴィンセント
 (もう朝の3時半だぞ。こんなことはもってのほかだ!)

ヴィンセント
 (ヴィクターめ、RMU初日に明け方までパーティとは。私にあんな口をきく自信はどこから来たんだ?)

ヴィンセント
 (……)


ヴィンセント
 (私はいったいなにを心配している)

ヴィンセント
 (今年1年をまた独りで過ごすことになるだけだ。それがこの部屋になるというだけ。違うか?)

 

 天才はしばしば孤独に生まれ、孤独な運命を辿る。
 彼らは自暴自棄な性質を持つ傾向にあり、
 己の理想のために、すべてを捨ててしまう。

ヴィンセント
 (人生には、運命で定められたことなどなにひとつない)

ヴィンセント
 (幼いころから私はそう信じ続けていた)

ヴィンセント
 (人の運命は他の誰でもない、自分だけが変えられるものだ)

 凡人は、運命に従う……
 だが強き者は、己の運命を従える。
 マイヤーズ社に入り、
 エリート中のエリートとなること。
 それが私の目標。

 だが何故だ?
 何故まだ、時々どうしようもなく無力な気分になるのだろうか……
 ……『運命』というものを目の前にすると。
 
 真の孤独とは深き穴。人を狂気に駆り立てる虚無。
 喝采の中に居てさえ、
 人は己の中に虚無と、憂いと、鬱憤しか感じない。
 
 人混みの中に立っていると、
 独りの時よりさらに孤独で、場違いな気分を覚える。
 飲み、喋る人々を見ていると、私はこう自問するほかない。
 『私はなぜ、彼らと同じ喜びを味わえないのだろうか?』
 『私は本当に、自分の持つすべてを捨て去ってしまったのだろうか……』
 『……夢の追求のために?』
 『私が感じている孤独は……』
 『……しかるべき代償だというのか?』

ヴィンセント
 (他の誰よりも分かっている。ここに来るだけではなにも変わりはしないと)

ヴィンセント
 (新しい年になった。すべての不幸が無くなってくれますように)

ヴィンセント
 (きっとすぐに大人になる。ひょっとしたら、さらに成長できるかもしれない)

ヴィンセント
 (あるいは……)

ヴィンセント
 (新しい学校に行って、ようやく本当の友人を作れるかもしれない)

ヴィンセント
 (誕生日、新年、進学……)

ヴィンセント
 (人生の中で、同じような祈りを何度も聞いてきた)

ヴィンセント
 (どこからともなく変化が生じてきそうな感覚を与えてくれるくだらない物事に、人は望みをかけたがる)

ヴィンセント
 (人は自ら盲目になろうとし)

ヴィンセント
 (人生における変化は自分自身で作り出さなければならないという真実を見ようとしない)

ヴィンセント
 (自分でなにもしないで新年になにが変わる?)

ヴィンセント
 (自らを高めようともしないでどうやって成長できる?)

ヴィンセント
 (だが、最終的に私は気がついた)

ヴィンセント
 (私も彼らと大差はなかったのだと)

ヴィンセント
 (私も望みを抱いていた。RMUに入れば自分の人生が変わるのではないか)

ヴィンセント
 RMUで本当の友人を見つけることができるのではないかと)

 

ヴィンセント
 (……)

ヴィンセント
 (朝の5時か。今日はもう眠れそうにないな)

ヴィンセント
 (荷物をまとめて、初回講義の準備をしたほうがいい)


ヴィンセント
 (!?)


ヴィンセント
 ……ヴィクターか?

ヴィクター
 ヴィンセント? まだ起きてたのか?

ヴィクター
 お、俺、あんまり調子が良くなくて……

ヴィクター
 たぶん、俺……

ヴィンセント
 (!?)

ヴィンセント
 ヴィクター? ヴィクター!

 

ヴィクター
 う……

ヴィンセント
 目が覚めたか。気分は良くなったか?

ヴィクター
 ……。

ヴィクター
 ……いま何時? 俺、どのくらい寝てた?

ヴィンセント
 そろそろ昼だ。

ヴィクター
 ……やっべ。午前中の講義全部サボっちまった。

ヴィンセント
 ほう、褒めてやろうか。それだけじゃないぞ、お前のせいで私も朝の講義に出られなかった。

ヴィクター
 ご、ごめん……

ヴィンセント
 お前は覚えていないだろうが、医務室の先生が診察に来た。

ヴィンセント
 深刻な病気なのかと心配していたが、先生が言うには過度の疲労とストレスのせいらしい。

ヴィンセント
 少し休めばすぐに回復するはず、だそうだ。

ヴィクター
 ……そっか。そりゃよかった。

ヴィクター
 でも、それならあんたはなんでまだここにいるんだ?

ヴィンセント
 ……。

ヴィンセント
 お前が目を覚ました時にちゃんと容態が回復していることをこの目で確かめたかった、のだと思う。

ヴィンセント
 なにをしたらいいのかよく分からなくてな。ホットチョコレートを買ってきた。ついでに上に乗せるクリームを猫の形にしてもらった。

ヴィクター
 ……。

ヴィクター
 プッ、アハハハハハハ!

ヴィンセント
 ……なにがおかしい?

ヴィクター
 いや、なんでもねえ。

ヴィクター
 でもなんでだ、ヴィンセント。俺、あんなこと言ったのに。

ヴィンセント
 正直に言えばお前のことなど放っておきたい。お前の生き死にに関わり合いたくはない。

ヴィンセント
 しかしお前は私のルームメイトだ。お前のことは私にも責任がある。こうするしかなかったんだ。

ヴィクター
 ……。

ヴィンセント
 なんのつもりだ? 講義も始まらないうちから朝までパーティに出て体調を崩すとは。

ヴィクター
 ……出てねえよ。

ヴィンセント
 え?

ヴィクター
 パーティには出てねえ。

ヴィンセント
 なら一晩中なにを?

ヴィクター
 (ため息)分かるだろ。あんたから離れたかったんだよ。

ヴィンセント
 ……私から? 私のことがそこまで気に障ったか?

ヴィクター
 そうじゃねえ。あんたの話したことが問題だった。

ヴィクター
 そんな風に見えねえかもだけど、俺はここんとこ全然眠れてなくてさ。

ヴィクター
 毎晩、夜中になるといろんなことを考えちまうんだ。

ヴィクター
 ここに来た後になにをすればいいのか、俺には皆目見当もついてなかった。

ヴィクター
 将来に関することのすべてが恐ろしく感じられた。

ヴィクター
 俺の目標はRMUに受かることだった。けど、ただ親の期待に沿って動いてるだけなんだって感覚がずっとつきまとってた。

ヴィクター
 『私たちが誇りに思えることをしなさい』って、親からいつも言われてた。

ヴィクター
 でもやっとここへ来られたと思ったら、俺はなんにも分からなくなって、圧倒された。

ヴィクター
 俺はRMUに受かった。俺は成功したんだ、そうだよな?

ヴィクター
 でもその後は? その後はなにがある?

ヴィクター
 どうして誰も、次にやることを教えてくれない?

ヴィクター
 階段の最後の一段まで来たのに、その先がどこにも続いてないような気分だった。

ヴィクター
 その時に分かったんだ。俺にはやりたいことがひとつもないって。

ヴィクター
 そんな矢先にあんたに会って、さっきの気持ちはさらに強くなっていった。

ヴィクター
 あんたのなにもかもがムカついた。

ヴィクター
 あんたの恩着せがましい態度にも、人のことを考えない話し方にも、顔をぶん殴ってやりたい気分になった。

ヴィクター
 ……そうだと思ってた。

ヴィクター
 寒空の下で一晩過ごして目が覚めた。俺はあんたに怒ってたんじゃない。自分自身に失望してたんだ。

ヴィクター
 あんたが俺と違ったからだよ、ヴィンセント。あんたはすげえ奴だ。

ヴィクター
 俺とも、他の学生たちとも違って、あんたは自分のやりたいことがはっきりしてる。

ヴィクター
 あんたの頭の中には明確な目標があって、あらゆる努力はその目標に向けて注がれてる。

ヴィクター
 あんたはここに来たかったからここに来た。

ヴィクター
 俺がここに来たのは……そう言われ続けてきたからってだけ。

ヴィクター
 あんたの話を聞いてる時に感じた自分への失望感たるや、今までにないほど強かった。

ヴィクター
 でも真実に向き合うのが嫌で、その気持ちを嫉妬にすり替えた。すまなかった、ヴィンセント。俺、酷いこと言っちまった。

ヴィンセント
 ……。

ヴィクター
 ん?

ヴィクター
 照れてる?

ヴィンセント
 い、いや。そんなに素直になるとは思っていなかったから。

ヴィクター
 『すげえ奴』って言われたからか?

ヴィクター
 そんな風に褒められたのが嬉しかったのか。

ヴィンセント
 ……なんのことやら。

ヴィクター
 そういや、まだ午後も講義があるんじゃねえのか? 俺に付き添ってても仕方ないだろ。

ヴィンセント
 ……。

ヴィンセント
 なら私は行く。

ヴィンセント
 ……。

ヴィンセント
 2つ言っておく。

ヴィンセント
 ひとつ。

ヴィンセント
 私はお前の気持ちを完全には理解できていないかもしれない。そしてお前を励ますためになにを言えばいいのかもよく分からない。

ヴィンセント
 しかし、お前はここで4年間過ごすんだろう?

ヴィンセント
 最終的には、お前も目標を見つけられるはずだ。お前だけの目標を。

ヴィンセント
 落ち込んだ時の話し相手が欲しいのなら、私が相手になってやる。

ヴィンセント
 もうひとつ。

ヴィンセント
 私の態度に腹が立ったら怒っていい。私は構わない。

ヴィクター
 ……。

ヴィンセント
 また夜にな、ヴィクター。

ヴィクター
 待ってくれ、ヴィンセント!

ヴィクター
 ホットチョコレート、ありがとな。

ヴィンセント
 ……フン。


???(赤)
 そうして、2人は4年間の大学生活におけるルームメイトとなった。
 
???(青)
 ……。

???(青)
 どうして僕にその話を?

???(赤)
 君の正体は知っているよ、潜入者よ。

???(青)
 !?

???(赤)
 君が恐れているのは……M氏に見つかったら一巻の終わりだということだろう。

???(青)
 ……。

???(赤)
 君のやりたいことは分かっている。信じてもらえるかはともかく、我々はある程度は同じ目標を共有している。

???(青)
 同じ目標?

???(赤)
 どうだ……手を組まないか、親愛なる潜入者よ?


***************************


☆マイヤーズ社
ヴァノーラ
 ヴィンセント・エッジワース。

ヴィンセント
 お久しぶりです、ヴァノーラ。

ヴァノーラ
 久しぶり? 昨日の晩に会ったでしょう?

ヴィンセント
 ええ。そうとも言えます。

ヴィンセント
 しかし私たちは意思を持たない歩く死体とは違う。貴方もそう思うでしょう?

ヴァノーラ
 ……。

ヴィンセント
 ヴァノーラ。人の人格を決める要因について考えたことは?

ヴァノーラ
 当たり前だけど、生まれた時から人格が決まっている人間はいない。

ヴァノーラ
 人の人格は、生活環境、親の養育の仕方、周囲にいる人間の態度といったものによって変わりうる。

ヴァノーラ
 つまり、人の人格を決めるものは人生経験よ。あるいは記憶とも言える。

ヴィンセント
 その通り。ならば思い出すことができる記憶の量によって、人の態度や癖は変わってきます。

ヴィンセント
 そしていま私の目の前に立っている女性は……明らかに昨晩お会いした方と同じ人間ではありません。

ヴィンセント
 ところで、その新しいグローブは実にお似合いですよ。

ヴァノーラ
 ……。

ヴィンセント
 ですが……

ヴィンセント
 私が気になっているのは、貴方の記憶は実際どの程度戻ったのかということです。

ヴァノーラ
 少しだけよ。

ヴァノーラ
 私がG4捜査局の刑事だったこと。

ヴァノーラ
 私があなたの館に行ったのは、ここ数年の市民の失踪事件を捜査するためだったこと。

ヴァノーラ
 そして、G4サイボーグ事件の真相。

ヴィンセント
 それから?

ヴァノーラ
 その後のことは覚えてない。

ヴィンセント
 ……。

ヴィンセント
 ほう?

ヴィンセント
 結構。何事も一歩ずつ進めていくべきです。焦って物事を進めるのは賢明ではありません。

ヴァノーラ
 ……。

ヴァノーラ
 ヴィンセント。

ヴァノーラ
 あなたは最初から私の正体を知っていた。どうして隠してたの?

ヴィンセント
 私が? 隠していた? それは違います。

ヴィンセント
 私に貴方を助ける気がなかったのなら、どうしてこんな苦労をしてまで貴方に手がかりを渡したりするのです?

ヴァノーラ
 あの社員証のこと?

ヴァノーラ
 私にあの社員証を渡したのは、私をマイヤーズ社に行かせて記憶を取り戻させるためだったの?

ヴィンセント
 貴方には特別な能力がある。

ヴァノーラ
 !?

ヴィンセント
 やはりそのことにも気づきましたね。貴方は特定の物体が持つ過去の記憶を見ることができる。

ヴィンセント
 なら、わざわざ貴方に過去を教える必要などないでしょう?

ヴィンセント
 仮に、館にいた時に本当のことを伝えていたとしても、

ヴィンセント
 きっと貴方には単なるおとぎ話にしか聞こえなかったはずです。自分の正体を知るための手がかりにはならなかったでしょう。違いますか?

ヴァノーラ
 つまり、私にこの能力を使って過去を知って欲しかったということなの?

ヴァノーラ
 ……あなたの話は信頼できない。あなたが私を助ける理由はひとつもない。

ヴァノーラ
 マイヤーズ社の弁護士だった時、あなたはG4サイボーグ事件に関するすべての罪をウィンストンに着せた。

ヴァノーラ
 狙うものを手に入れるためならあなたはなんでもする。

ヴァノーラ
 私のためにやったことにも必ず他の理由があるはずよ。

ヴァノーラ
 今あなたとマイヤーズ社との間でなにが起きてるかなんてどうでもいい。ただ、あなたが正しい人間じゃないこと、信頼できない人間だってことは分かるわ。

ヴィンセント
 ……正しい人間? フ、フフ。

ヴィンセント
 アハハハハ! ヴァノーラ、貴方は記憶喪失になるとさらに面白いことをおっしゃる!

ヴァノーラ
 !?

ヴィンセント
 ヴァノーラ、こんな一節を聞いたことは?

ヴィンセント
 1人殺せば殺人者だが、

ヴィンセント
 100万人殺せば英雄であり、

ヴィンセント
 全員殺せば神である。

ヴィンセント
 ヴァノーラ、貴方は『正しい人間』というものをどう定義しているのですか。自分がそうだとでも?

ヴィンセント
 この世界には、完全な正義も、完全な悪も存在しない。

ヴィンセント
 善と悪の本質は、ただ成功したか失敗したかということだけ。見方の違いの問題に過ぎない。

ヴィンセント
 あらゆる物事は一方からは正しく見えても、他方からは不道徳に見えることがある。

ヴィンセント
 だがそれもさして重要なことではない。結局、我々の中の誰一人として、正しいと思うもののために戦い、他者を批判する権利などないのだから。

ヴィンセント
 いかなる人間も、いかなる生物も……己の利益のために利己的な行動を取る。

ヴィンセント
 しかし人間は、そして人間だけが、その利己的な行動を正当化するために、次々と新しい道徳の概念を生み出していく。

ヴィンセント
 かつてはタブーとされながら今は受け入れられているものがいったいいくつ存在する?

ヴィンセント
 かつては無害と考えられていたのに今は受け入れられなくなったものがいったいいくつ存在する?

ヴィンセント
 正義と不正、善と悪。これらは人間社会が作り上げたただの嘘。

ヴィンセント
 時代が移ろい、支配者が変わると、人々はもう過去の論理では現在の行動が正当化できないということに気づく。

ヴィンセント
 いつの時代も、人間は新たな正当化の方法を見つけ出し、幾度となく規範を書きかえる。

ヴィンセント
 自分に正義のレッテルを貼り、全能の神の立場に立って『道徳』の名の下に他者を裁くために。

ヴィンセント
 しかし善悪に関するその道徳的な判断基準は、彼らが社会の中心的権威となる前には存在しなかったもの。

ヴィンセント
 ひとたび法的・社会的制約から外れれば、その定義はもはや通用しない。

ヴァノーラ
 ……なにが言いたいの?

ヴィンセント
 正義のヒーローや悪役などというものは存在しない。真に存在するのは勝者と敗者のみ。

ヴィンセント
 社会の勝者が世界の覇者となり、歴史における善の側に立つ。

ヴィンセント
 そして敗者は……悪の側に立つ。

ヴィンセント
 我々のどちらが正しいかを決めるのは、貴方でも、私でもない。

ヴァノーラ
 どちらが勝者となるかによる、というわけね。

ヴィンセント
 ……フッ。

ヴィンセント
 その件だけに留まらず、貴方が取り戻したごくごくわずかな記憶は、真実を歪曲してしまっています。

ヴィンセント
 すべての記憶が戻れば貴方も分かってくるでしょう。なぜ私がこんなことをしているかが理解できるはずです。

ヴィンセント
 もちろん、私にはどうでもいいことなのですがね。

ヴィンセント
 貴方に認められようとは微塵も考えていません。その必要もありませんし。

ヴァノーラ
 ……。

ヴァノーラ
 あなたの行動に理由が無いとは一言も言ってないわ、ヴィンセント。

ヴァノーラ
 むしろ逆よ。あなたには絶対に理由がある。

ヴァノーラ
 正しかろうがなんだろうが、私が欲しいのはただひとつ、真実だけよ。

ヴィンセント
 真実ですか。なるほど。

ヴィンセント
 なら、ひとつ提案しても? この部屋を一緒に探索するというのはいかがですか。真実に満ちたこの部屋を。

ヴァノーラ
 !?

ヴァノーラ
 まさか……

ヴィンセント
 ええ。

ヴィンセント
 G4サイボーグ事件の秘密の部屋……それは、この部屋のどこかに隠されています。

ヴァノーラ
 !?

ヴィンセント
 いかがですか、ヴァノーラ。貴方の力を使ってこの部屋の謎を解くというのは。

 目的:秘密の部屋の場所を特定しろ


【→壊れたエレベーター】
ヴァノーラ
 エレベーターだ。私はこれに乗って地下に来た。

ヴァノーラ
 ここへ来る途中で、ドラコと私は怪物に追われた。

ヴァノーラ
 あの衝撃の後になにがあったのか、私には分からない。ドラコの身になにがあったのかも。

ヴィンセント
 ドラコのことなら心配無用ですよ、ヴァノーラ。

ヴァノーラ
 !?

ヴァノーラ
 彼がどこにいるか知ってるの?

ヴィンセント
 いえ。ですが、彼は貴方が想像しているほど脆くないということは知っています。

ヴァノーラ
 ……。


【→出口のそばにいるヴィンセント】
ヴィンセント
 貴方が真実のみを求めているというなら、一緒にこの真実に満ちた部屋を探索するというのはいかがです?

ヴィンセント
 G4サイボーグ事件の舞台となった他でもないあの秘密の部屋が、この部屋のどこかに隠されています。

ヴィンセント
 貴方の力を使って、ここの謎を解いてみては?


【→出口】
ヴィンセント
 おや、怖気づきましたか。

ヴィンセント
 真実を知りたくないのですか? どうしてそう急いで帰ろうとするのです。

ヴィンセント
 もちろん、単に気が変わったということでしたら、無理に止めはしません。

ヴィンセント
 結局のところ、貴方の過去の記憶は私には関係ないことですから。

ヴァノーラ
 ……。


 まだ帰れない。秘密の部屋を見つけないと。


【→ポスターのある方向を向く】
ヴァノーラ
 !?

ヴァノーラ
 なにがあったの?

ヴィンセント
 ふむ……なるほど。

ヴィンセント
 壁の血しぶきはまだ新しい。我々がここに来る直前にひと悶着あったようです。

ヴァノーラ
 つまりドラコと……あの怪物が戦ってたのに違いないわ。


【→壁のポスター】

 マイヤーちゃんのポスターだ。


 ポスターは、白い接着剤のようなもので壁にべったりと貼り付けられている。


 指で触ってみたが、接着剤は取れなかった。

ヴィンセント
 ヴァノーラ、マイヤーちゃんのデザインについてどう思います?

ヴァノーラ
 ……マスコットというのは、一般的には会社の精神と強みを反映した、ユーザーとの間の懸け橋となる存在。

ヴァノーラ
 マイヤーちゃんの機械式義肢をベースにしたデザインは、大衆には少し率直すぎるかもしれない。

ヴァノーラ
 でもこういうユニークでコミカルなデザインは悪くはないと思う。

ヴァノーラ
 他の会社のマスコットの隣にこのマイヤーちゃんを置けば、

ヴァノーラ
 人々に『あれ? これなんだろう』と思わせて目を引くでしょうね。それはある意味では利点よ。

ヴィンセント
 ……つまり、貴方はマイヤーちゃんのデザインが優れているからではなく、極めて変わっているからこそマスコットとして強みがある、とお考えなのですね。

ヴァノーラ
 あなたがそう捉えるのなら、そう。

ヴァノーラ
 あなたはどうなの? マイヤーズ社の元弁護士としてのご意見は?

ヴィンセント
 あまりに気味が悪かったので、私の分をヴィクターにやりました。

ヴァノーラ
 ……仕方がないと思うわ。

【※メスをポスターに使う】

 私はメスを取り出し、ポスターの縁に沿って固まった接着剤を切り、ポスターを剥がした。


 !?

ヴァノーラ
 マイヤーちゃんのポスターの後ろに、もうひとつポスターが。

ヴィンセント
 それに可憐で無垢なヴァノーラはメスを隠し持っていた。この世界は驚きに満ちていますね。

【※ポスターを調べる】

 マイヤーちゃんのポスターの後ろにはもう1枚ポスターがあった。

ヴィンセント
 ヴァノーラ。この作品のタイトルをご存知ですか?

ヴァノーラ
 ……知らないわ。

ヴィンセント
 リヴァイアサンの破壊』といいます。

ヴィンセント
 イザヤ書の中に、審判の日に地球に降り立った神が、リヴァイアサンを罰してこれを屠るだろうと書かれた一節があります。

ヴィンセント
 『リヴァイアサンの破壊』はそのシーンを描いたものです。その巨大な海蛇がリヴァイアサンです。

ヴィンセント
 原画の右上には、剣を手に厳しい目つきで空に浮かぶ神がいるはずなのですが。

ヴィンセント
 このポスターではその部分は切り取られてしまっていますね。かろうじて足が見えるだけです。

ヴァノーラ
 つまりこのポスターを貼った人は、リヴァイアサンだけに注目させたかったのね。

ヴィンセント
 ヨブ記では、リヴァイアサンは見た者が震え上がって圧倒されるほどの獰猛さを持つ凶悪な怪物として描かれています。

ヴィンセント
 恐ろしい牙、誰一人としてこじ開けることのできない強靭な顎。

ヴィンセント
 曙光のごとき瞳、砕けぬ石塊のごとき心臓。

ヴィンセント
 リヴァイアサン』は有名な政治哲学書のタイトルでもある、ということも付け加えておくべきでしょう。

ヴァノーラ
 !?

ヴァノーラ
 『リヴァイアサン』は、哲学書のタイトルでもある?

ヴィンセント
 ええ。その本の中ではリヴァイアサンは権力の象徴にして、著者にとっての理想の国家と完璧な政府を表すメタファーとして登場します。


【→テーブル左下の戸棚】

 引き出しの下に戸棚がある。


 !?


 白いマグカップが床に落ちて砕けた。

ヴィンセント
 ……。


 なぜかヴィンセントの表情が曇る。

ヴァノーラ
 ヴィンセント、マグカップを割ったのはマズかった?

ヴィンセント
 ……いえ。どうしてまずいことが……


 !?


 突如、ヴィンセントがよろめいた。壁に手をついていなければ床に崩れ落ちていたかもしれない。

ヴァノーラ
 ヴィンセント!? 大丈夫?

ヴィンセント
 駄目です、それ以上近づかないように。


 ヴィンセントは手をかざし、私に近寄らないよう伝えた。

ヴィンセント
 平気です。私のことはご心配なく。


 壁の近くの戸棚にもたれながら、彼は姿勢を直した。

ヴィンセント
 ……探索を続けましょう。

ヴァノーラ
 ……。


【→壊れたマグカップ

 マグカップが割れている。


 戸棚を開けた時に、白いマグカップが床に落ちて割れてしまった。


 どうして中身の入ったマグカップがこんな場所に?

【※マグカップを触る】

 マグカップを調べる? →【Yes】

ヴィンセント
 気をつけて、ヴァノーラ。怪我をしないように。


 私はしゃがみ込み、欠片のひとつに指先でそっと触れた。


 ……?


***************************


☆???
???
 来たね、調査官。

???
 ねえ君、私にはここしばらく悩んでいることがあるんだよ。

ヴァノーラ
 なんですか、M様?

???
 調査官。もし他者の記憶を見透かすことができる者がいたとしたらどうだろう。

???
 一見したたかな人物が、実は隠れて痛みに泣き叫んでいるということが分かってしまう。

???
 一見美しいラブストーリーの陰に、策略と論争があることが分かってしまう。

???
 心の奥底に抑圧していた、幼少期の辛い記憶が見えてしまう。

???
 そういう人間は、この世界でいったいどんな力を得ると思う?

ヴァノーラ
 ……全知全能の神のようになるでしょうね。

ヴァノーラ
 人が明かしたくない事実を見、隠そうとしている真実を見つけてしまうんですから。

???
 その通り。間違いなく、その人間は全世界を支配することができるだろう。

???
 そして私の目標は……その人間になることなんだよ。

ヴァノーラ
 !?

ヴァノーラ
 つまり……

???
 そうだ。我が社の研究員たちは、日に日に成功に近づきつつある。

???
 間もなく、私は全知の神となる。万人の過去を見透かし、心の奥底に忍び込むことができるようになる。

???
 だがおかしなことに、

???
 去年の今の時期から、我が社の重要な研究資料とサンプルが次々と紛失していてねえ。

???
 さらに奇妙なのは、そのいずれも、例の力の研究に関するものなんだ。

ヴァノーラ
 つまり、盗まれたということですか? 何者かが我が社の研究を盗もうとしていると?

???
 その犯人は明らかに我が社の社員だ。

ヴァノーラ
 !?

ヴァノーラ
 力を自分のものにしようとしている裏切者がいるのですね?

???
 ……。

???
 さて調査官。社内に疑わしい人物はいるかな?

ヴァノーラ
 ……。

ヴァノーラ
 すみません、あまりよく見ていなかったもので。

???
 ……それは残念。

???
 調査官。私は君について、常々感心していることがあるんだ。

???
 君は真実を話していようがいまいが、その無垢な表情を崩さずにいられる。

ヴァノーラ
 M様、私はあなたに嘘など吐きません。

ヴァノーラ
 私にとってあなたは父親も同然なんですから。

???
 おや、そうかい。

ヴァノーラ
 そのような高度な研究資料は、誰にでも理解できるようなものではないはずです。そうですね?

ヴァノーラ
 犯人が記憶を読む力についての研究資料やサンプルだけを正確に狙っているなら、その犯人は我が社の研究員に違いありません。

???
 ……。

???
 失礼。電話を取らせておくれ。

???
 もしもし。Mだ。

???
 ……。

???
 そうなのか? 分かった。よくやった。

???
 調査官。私はもう行かなければならないようだ。

???
 良い子にしているんだよ。デスクの上のものは触らないように。

???
 ひょっとしたらそのピンクの封筒にはものすごい秘密が隠されているかもしれないが……さて、どうだろうねえ。

ヴァノーラ
 ……。

???
 ちなみに、君の言う通りだ。

???
 犯人は実際、我が社の研究員だった。

ヴァノーラ
 !?

???
 また後で。


ヴァノーラ
 M様は行ってしまった。

ヴァノーラ
 M様は脅迫まがいのビデオを受け取って以来、どんどん疑り深くなっていると聞く。

ヴァノーラ
 もっとも、あの方が以前はどのような人だったのか、私はまったく知らない。

ヴァノーラ
 明日、私は刑事に扮してヴィンセント・エッジワースの館に行き、彼を調査することになっている。

ヴァノーラ
 でもその本当の目的は、彼が隠している兵器を探し出して破壊すること。

ヴァノーラ
 ……。

???
 『調査官。私は君について、常々感心していることがあるんだ』

???
 『君は真実を話していようがいまいが、その無垢な表情を崩さずにいられる』

ヴァノーラ
 M様のおっしゃった言葉が頭から離れない。

ヴァノーラ
 あの方は最初、私が犯人なのではないかと疑っていたようだった。

ヴァノーラ
 でもそれがあり得ないのはお互いよく分かっている。

ヴァノーラ
 理由は簡単だ。私は去年はこの組織の人間ですらなかった。研究資料を盗み出せるはずがない。

???
 『ちなみに、君の言う通りだ』

???
 『犯人は実際、我が社の研究員だった』

ヴァノーラ
 M様が出ていく前に電話があった。

ヴァノーラ
 受話器の向こうにいる人物が犯人の正体を告げたのかもしれない。

ヴァノーラ
 ただM様の反応を見るに、すべてあの方の予想通りだったらしい。

ヴァノーラ
 つまり私と話すずっと前から、M様には犯人が分かっていたのだろう。

ヴァノーラ
 なら、M様はどうして私を呼び出してあんな無意味な会話をしたのか?

ヴァノーラ
 しかも、任務前日の晩に。

???
 『良い子にしているんだよ。デスクの上のものは触らないように』

???
 『ひょっとしたらそのピンクの封筒にはものすごい秘密が隠されているかもしれないが……さて、どうだろうねえ』

ヴァノーラ
 デスクの上のものは触らないように……

ヴァノーラ
 ……!

ヴァノーラ
 M様、もう少し素直に誘ってくれればいいのに。

ヴァノーラ
 M様が私をオフィスに一人きりにさせたのはこれが初めてのこと。あんなことを言ったのだってそう。

ヴァノーラ
 明らかにあの方の真意は真逆だったのだ……M様はデスクの上のものを見て欲しいと思っている。

ヴァノーラ
 調査を始めよう。


【→パソコン】
ヴァノーラ
 M様のノートPCだ。

【※マイヤーちゃんを触る】
ヴァノーラ
 !?

ヴァノーラ
 この写真は見てはいけなかったのでは……

【※写真ファイルを閉じる】
ヴァノーラ
 おや? この写真はなにかのヒントかもしれない。


【→ランプ】
ヴァノーラ
 M様のデスクの上にランプがある。

ヴァノーラ
 ランプをつけようか? →【Yes】


【→封筒】
ヴァノーラ
 デスクの上にピンクの封筒がある。

ヴァノーラ
 中には奇妙な長方形が印刷された紙が入っている。

ヴァノーラ
 M様のノートPCにあった写真と関係がありそうだ。


【→マグカップ
ヴァノーラ
 M様のマグカップだ。

ヴァノーラ
 見たところコーヒーが入っているのかと思ったが、近づいてみるとホットチョコレートの香りがする。


***************************


☆マイヤーズ社
ヴァノーラ
 ……。

ヴィンセント
 どうです、ヴァノーラ。なにか見えましたか?

ヴァノーラ
 ……別に。

ヴィンセント
 そうですか。それは失礼しました。

ヴィンセント
 なにか気になることでも? しばらく考え込んでいたようですが。

ヴァノーラ
 ……。

ヴァノーラ
 ええ。理解できないことがあって。

ヴィンセント
 ほう?

ヴァノーラ
 マイヤーズ社がなぜ『半人半機械』のサイボーグを造ることにしたのか、気になったことはない?

ヴァノーラ
 些細なことかと思ったけど、どうも説明がつかないの。

ヴァノーラ
 マイヤーズ社は機械技術系の会社なんだから、完全に機械化されたサイボーグを造るほうがはるかに容易なはずよ。

ヴァノーラ
 なら、どうして半人半機械のサイボーグを造ったの?

ヴァノーラ
 あのサイボーグは定期的にヒトの肉を摂取しないとヒトの姿を保つことすらできない。

ヴァノーラ
 あなたがあのサイボーグについてどう考えているかは知らないけど、あれはマイヤーズ社の手間を増やすだけだわ。

ヴァノーラ
 それにあれのせいでG4地区では市民の失踪が相次いだ。市民はエサとして使われ、それが最終的に実験全体の発覚につながった。

ヴィンセント
 なるほど……おっしゃりたいことが分かりました。確かにごもっともな質問です。

ヴィンセント
 ヴァノーラ。マイヤーズ社のサイボーグ実験の真の意味についてはどうお考えですか?

ヴァノーラ
 バカげた話に聞こえるかもしれないけど、マイヤーズ社は世界を支配したいんじゃないかしら。新たな神になりたいのよ。

ヴィンセント
 世界を支配することにどのような利点があるのです?

ヴァノーラ
 言うまでもないじゃない。無限の富と権力が手に入るわ。

ヴィンセント
 そうですか。では、マイヤーズ社は純粋に富と権力のために半人半機械のサイボーグを造っているとお考えなのですね。

ヴァノーラ
 ……。

ヴァノーラ
 ……。

ヴィンセント
 お気づきでしょう。それがマイヤーズ社の望みなら、人工義肢の製造を続けていくだけでよかったはずです。

ヴィンセント
 マイヤーズ社は理論上は既にG4地区を支配していたのです。他の地区を同じように支配するのもそう遠い話ではなかったでしょう。

ヴィンセント
 ならばマイヤーズ社が一連の実験を開始したのには別の理由があったのだと、容易に判断できます。

ヴィンセント
 ヴァノーラ、考え方を変えてみましょう。

ヴィンセント
 貴方がマイヤーズ社の社長で、自分を神だと考えているとすると、あのサイボーグたちは貴方にとってどのような存在でしょうか?

ヴァノーラ
 マイヤーズ社の社長で、神……

ヴァノーラ
 !?

ヴァノーラ
 あのサイボーグは……私が創った新しい生物。

ヴィンセント
 その通り。マイヤーズ社が求めているものは富と権力だけではない。世界の新たな秩序を作ろうとしているのです。

ヴィンセント
 ヴァノーラ。ボーヒーズ社の話を聞いたことはありますか。

ヴァノーラ
 ボーヒーズ社……G3地区にある生物工学系の企業ね。

ヴィンセント
 ええ。マイヤーズ社と同様にボーヒーズ社もかつては国際的な独占企業でした。会社の掲げる目標も、2社は共通していました。

ヴィンセント
 現在我々がよく知るミュータントという存在は、ボーヒーズ社が創ったものなのです。

ヴァノーラ
 !?

ヴィンセント
 マイヤーズ社と同じように、ボーヒーズ社は現在の人類の立場に新しく創り出した生物種を据えようとしました。

ヴィンセント
 しかしマイヤーズ社と違い、ボーヒーズ社のミュータントは生存のためにヒトを食べる必要がなかった。

ヴィンセント
 ミュータントは一般的な人類と比べて特別な能力を持っていましたが、だからミュータントのほうがより優れていると人々が認めるかどうかは別の話です。

ヴィンセント
 現在、G3地区の人類とミュータントの間には大きな確執があります。

ヴィンセント
 ミュータント側の一部は、自分たちのほうが一般的な人類よりも優れていると考えている。

ヴィンセント
 一方で人類側の多くは、ミュータントは存在すべきでない怪物であり、人類こそが正統な地球の支配者であると考えている。

ヴィンセント
 もちろん、両種は平和に共存できると信じている者もいますが。

ヴィンセント
 マイヤーズ社はその一部始終を見てきました。

ヴィンセント
 そしてマイヤーズ社は結論したのです。確実に人類より優れた生物種を創るとすれば、

ヴィンセント
 その生物種の生存は、人類の死によって成り立つものでなければならないと。

ヴィンセント
 『半端な人類は楽園の創出のためにその命を捧げるべきである。それは必要な犠牲である』というのが、マイヤーズ社の考えです。

ヴァノーラ
 ……なるほど。

ヴァノーラ
 マイヤーズ社のサイボーグがヒトをエサにする必要があるのは、不備ではないのね。

ヴァノーラ
 むしろ逆……マイヤーズ社は最初からそのつもりで作っていた。

ヴァノーラ
 あのサイボーグが人類を超えて食物連鎖のトップに立つのなら、両種が対等になるはずはないんだから。

ヴィンセント
 その通りです。


【→4色のパネル】

 注意:正解を入力すると装置は自動的にアンロックされる。


 間違った答えが入力された場合、6つのキーを入力した後に装置が元の状態に戻る。

【※赤・紫・橙・橙・シアン・紫の順に押す】

 アクセスが許可された。


【→本棚】

 書籍が詰まっている本棚だ。

ヴィンセント
 ほう? いいですね。


 ヴィンセントは本棚から1冊の本を取り出してパラパラとめくった。

ヴィンセント
 読書はお好きですか、ヴァノーラ?

ヴァノーラ
 ……別に。

ヴィンセント
 好きではない? 理解できないからですか?


 彼は私をからかいつつ本を棚に戻した。

ヴィンセント
 それにしても、なんとも奇妙なことです。

ヴィンセント
 我々はマイヤーズ社の地下にいるというのに、本棚には史書哲学書が並んでいます。

ヴァノーラ
 !?

ヴィンセント
 不満はありませんがね。偶然ながら私の好きな分類でもありますから。

ヴァノーラ
 歴史書哲学書……

ヴァノーラ
 哲学書……

ヴァノーラ
 !?

ヴァノーラ
 ヴィンセント、さっき『リヴァイアサン』は哲学書のタイトルだって言ってなかった?

ヴィンセント
 ええ。


 私は本のタイトルをざっと眺めた。

ヴァノーラ
 『存在と無』、『国家』、『悲劇の誕生』……

ヴァノーラ
 ……あった、『リヴァイアサン』。


 私は『リヴァイアサン』を棚から取り出し、本を開いた。


 思った通り……本の中身は空洞になっていた。


 その中には……カギがあった

 アイテムを収集:カギ


【→カギを4色パネルで出てきた箱に使う】

 箱が開いた。


 中にあったのは……


 !?


 こ、これは!?

ヴィンセント
 グッチ、ペネロープ、ボス。私の飼っていた猫の名です。

ヴァノーラ
 ヴィクターの目と腕が……これ、大学時代の写真?

ヴィンセント
 ……。


 ヴィンセントは答えない。部屋の向こう側を見ている。


【→パソコンにパスワード(RU37)を入力】
ヴィンセント
 お見事です、ヴァノーラ。


 秘密の部屋が開いた途端、視界がぼやけた。


 周囲の景色が見えなくなる中、黒い影が私の前にいるのがかろうじて分かる。

???
 思い出した? 自分の任務を。


 彼女は気味の悪い笑みを浮かべてまっすぐに私を見ている。

ヴァノーラ
 私の任務?

???
 分かるでしょう? 分かっているはずよ。

???
 あの男は……死ななければならない。


 彼女は踵を返し、ゆっくりと、少しずつ、部屋へ向かう。

???
 あの男は……死ななければならないの。


 私が見ている間に彼女は部屋に入り、その身体が闇の中に吸い込まれた。


 なんだったのだろう?

ヴィンセント
 どうしました、ヴァノーラ? なにをためらっているのです?

ヴァノーラ
 ……。


 ヴィンセントはさっきの奇妙な光景を見ていなかったようだ。

ヴィンセント
 どうぞお先に。


 彼の笑みは相変わらず不安な気持ちになる。


 私はなにも言わなかった。



 少しの逡巡の後、私は勇気を出して秘密の部屋に入った。ヴィンセントがすぐ後ろをついてくる。


 ……。