四の五の

OFF派生のまとめとか洋ゲーの和訳とか

Vincent: The Secret of Myers (英語版Alpha) チャプター3:マイヤーズ社ラボ

dino999z氏制作のフリーゲーム「Vincent: The Secret of Myers (英語版Alpha)」の邦訳記事です。ゲームのダウンロードはこちらから。
※現在は英語版verAlpha 1.0.0を元にしています。
※意訳・超訳・誤訳あり。
(前→チャプター2:マイヤーズ社ロビー
(次→チャプター3:法務部

 

 


***************************


☆モノローグ

 ドラコ・エッジワース。


 最初に彼を見たときから、妙にヴィンセントとよく似ていると思っていた。


 だが、彼とヴィンセントに本当に血縁関係があるのかは分からない。


 二人は兄弟なのだろうか?


 しかし……


 いったいどんな人間が、自分の兄弟を執事にするというのか?

ドラコ
 『ヴァレリア、君と同じように、僕にも過去がない』

ドラコ
 『少し前まで、僕の人生は空虚で、色彩もなくて、退屈としか言いようのないものだった』

ドラコ
 『でも、ある一人の人間がやってきて、僕を取り巻くなにもかもを変えてくれた』

ドラコ
 『彼女は僕を空虚な世界から解放して、今より大事なものなどないということに気づかせてくれた』

ドラコ
 『彼女は僕にとって大事な人だ。二度も失うわけにはいかない』


 ドラコ……


 それはいったい……どういう意味?


 ……。


***************************


☆ラボ
ヴァレリア
 ドラコ!!! ドラコッ!!!


 何度も何度もゲートを叩くが、返事はない。

ヴァレリア
 嫌……そんなはずない! 絶対に道があるはず!


 近くの壁を探ってみても、ゲートを開けるスイッチは見当たらない。

ヴァレリア
 ……。

ヴァレリア
 ドラコ……


 私は打ちひしがれた。なんと無力なことか。こんなにも近くにいるのに、彼を助けることができないとは。

???
 なによこれ??? なんでゲートが閉まってんの???


 !?


 突如、部屋の向こう側に奇妙な風貌の人物が現れ、私は飛び上がった。


 私がなにか言う前に、彼女は私を避けてゲートのほうへ駆け寄った。

???
 ちょっと!!! ちょーっと!!!! 出しなさい!!!


 彼女は私の存在にまったく気づいていないかのようにがなり立て、ゲートを叩いた。

???
 ねえ!! ねえってば!! 聞こえてる???

???
 ねえっ!!!


 しばらくその調子を続けるもなんの音沙汰もなく、彼女はとうとう諦めた。

???
 はぁ……はぁ……


 息を切らしながら彼女が振り向き、その明るく、燃えるような瞳がまっすぐに私を捉えた。


 「あんたなの? アタシをここに閉じ込めたのは?」彼女が詰問する。

ヴァレリア
 ……。

ヴァレリア
 (しまった。厄介なことになったかもしれない)

???
 !?


 彼女にどう対応するか策を考えなければ、と思った矢先、彼女がハッとなにかに気づいたような顔をした。


 彼女の瞳は相変わらず私を捉えたままだが、今度は私を上から下へと眺めている。


 「あれ? アタシたち、前に会ったことある?」彼女が唐突にそう訊ねた。


 !?


 い、今なんと言った!?


 ……。


 思いがけない発言に、私はしばし言葉を失った。彼女からそんな話を聞くとは予想していなかった。

ヴァレリア
 あ……私……

ヴァレリア
 ……。

ヴァレリア
 (落ち着け、落ち着け……)


 これは非常に重要だ。このチャンスを逃すわけにはいかない。


 これはつまり……


 私の過去について、彼女からなにか教えてもらえるかもしれないということだ。


 でも、気をつけなければ……


 彼女が味方なのか敵なのかがまだ分からない。


 それに彼女の振る舞いから察するに、私とはただの顔見知り程度の関係らしい。


 いきなり私に関する質問を投げかけるのは得策ではないだろう。


 なにより、私が記憶を失っていることを明かしたら……状況が悪化しかねない。


 つまり、現状の安全策は……


 あまり直接的ではない方法で、彼女から情報を引き出すことだ。

ヴァレリア
 ……ああ、どうも! 久しぶり。私のことまだ覚えてます?


 私は努めて冷静を装い、彼女に挨拶した。

???
 ……。


 彼女は再び私を眺めまわした。そして、その視線が私の顔に止まった。

???
 見覚えはあるわ。ちょっと待って……

???
 ……。

???
 !

???
 ああ! 刑事さんじゃない!


 突如、彼女が興奮して声を上げた。

???
 思い出した! そうそう。

???
 あなた、この前あの有名な弁護士さんと一緒にいた人でしょ!

???
 アタシよ、ザルモナよ! アタシたち前に会ったことあるわ!


 ザルモナ? それが彼女の名前なのか?


 なにより……いま、私のことを刑事と言わなかったか!?


 いっぺんにいろんな情報が入ってきて、脳が処理しきれていない。


 考えもしていなかった、私が警察の人間だったとは……


 私は事件に巻き込まれたのだろうか? 捜査の途中でなにかが起きて、それで記憶を失ってしまったということなのだろうか?


 待てよ……


 彼女は私が『有名な弁護士』と一緒だったと言った。まさかそれは……

ザルモナ
 でもさあ、刑事さん……


 ザルモナの声が割り込んできて、私は我に返った。

ザルモナ
 気になったんだけど、なんでまたマイヤーズ社に来たの?


 マイヤーズ社にまた来た理由……考えろ、考えろ、考えろ。答えを考えないと。


 私が警察の人間なら、ここに戻ってくる理由はひとつだけだ。

ヴァレリア
 ここ数年の住人の失踪事件と、G4サイボーグ事件の真相を調査しに。

ザルモナ
 え? また?

ザルモナ
 ひぇー、G4捜査局って相変わらず無能ね。

ヴァレリア
 ……。

ザルモナ
 じゃ、この前あの弁護士さんと一緒にやってた捜査はあんまりうまくいかなかったってわけね。

ザルモナ
 どうして今日はあの人を連れてこなかったの?

ヴァレリア
 有名な弁護士って……ひょっとしてヴィンセント・エッジワースさんのこと?

ザルモナ
 もちろん。他に誰がいるのよ?


 ……。



 私の推測は当たっていたようだ。


 私とヴィンセントは前に出会っている。


 そのロジックで行けば、ドラコとも出会ったことがあるというのも道理だ。


 だとすると……


 なぜヴィンセントはすべてを隠して、私と初対面であるかのように装っていたのだろうか?


 ……。


 突如、私は館で見たサイボーグのこと、そしてヴィンセントとヴィクターがそれについて一切説明しようとしなかったことを思い出した。


 マイヤーズ社は何年も前に倒産している。だが、明らかに誰かが実験のために廃墟となった社屋を使い続けている。


 ドラコはこう言っていた。あの大きな事件の後、マイヤーズ社は秘密の地下組織となったと。


 だがそれが本当だとしたら、ヴィンセントの館にいたサイボーグはどう説明する?


 ひょっとすると……


 刑事だった私は、マイヤーズ社ではなく、ヴィンセントを捜査していたのでは?


 その解釈に基づくと……ヴィンセントが、私の記憶喪失の原因となった人物である可能性が高い。


 ……。


 考えれば考えるほど不安が募る。


 だが、なにかが……私の頭に強く引っかかる。


 ヴィンセントはどんな人間かと聞かれたら、私はこう答えるだろう。


 気高く、気品があり、ミステリアス。


 彼の言葉は魅力にあふれる一方で、ひどく不安な気持ちにもさせる。


 彼は疑いを向けるべき人間か?


 もちろんだ。考えるまでもない。


 彼はウィンストンが無実であると知りながら、すべての実験がたった一人の社員の仕業であったと独力で「証明」してみせた。


 そんなことができるなど、なんという恐ろしい男であることか。


 それでも……


 館で彼と会ったとき、私は言葉にできないかすかな繋がりが彼との間にあると感じた。


 私はすべての記憶を失っている、それは間違いない。


 私は彼との過去についてなにひとつ知らず、そんな考えを抱く理由はどこにもない。


 しかし、あの感覚は……妙に強かった。


 まるで、脳内の記憶が貯蔵されていた領域は消失したのに、感情が貯蔵されていた領域は残っているかのようだった。


 ヴィンセントの過去を知らなくてはならない。今は知ることが肝要だ。

ヴァレリア
 ザルモナ、あなたは法務部から来たの?

ザルモナ
 ん? そうよ。刑事さんはそっちに行くの?

ヴァレリア
 ええ。連れて行ってくれる?

ザルモナ
 簡単だよ。このドアを通ればそこが法務部。

ザルモナ
 でもね……フフフ。


 彼女はポケットから一枚のカードを取り出した。

ザルモナ
 このキーカードを使わないと、このドアは開かないの。

ヴァレリア
 それ……どうやって手に入れたの???

ザルモナ
 ノーコメントよ、刑事さん。

ザルモナ
 刑事さんのせいでここに閉じ込められちゃった件すらまだ片づいてないんだから。

ヴァレリア
 ……。

ザルモナ
 けど、刑事さんはG4捜査局の人だし、取引してあげてもいいよ。

ザルモナ
 この前みたいにね。刑事さんがアタシのお願いを聞いてくれたら、アタシも刑事さんのお願いを聞いたげる。どう?

ヴァレリア
 この前?

ザルモナ
 マジ? もう忘れちゃったの!?

ザルモナ
 この前、刑事さんがアタシのちょっとしたお願いを引き受けてくれて、お返しにアタシがマイヤーズ社の秘密を話したじゃない。

ザルモナ
 今度も同じことしましょ。実はアタシ、ここでうっかり持ち物を失くしちゃって。

ザルモナ
 それを探すのを手伝ってくれたら、お礼にこのキーカードをあげる。

ヴァレリア
 ……。

ヴァレリア
 条件を呑む前に……なにを失くしたのか教えてくれる?

ザルモナ
 ああ、丸い球みたいなものよ。

ヴァレリア
 ……。

ザルモナ
 ちょっと、なによその目は?

ザルモナ
 分かってるってば。ちょっと分かりにくい言い方よね。

ザルモナ
 でも信じて、見たらすぐに分かるから。

ザルモナ
 『あ! ザルモナが探してたのは絶対これだ』って。

ヴァレリア
 ……今回は、その言葉を信じるわ。

ヴァレリア
 それが本当にあなたが失くしたものなのね?

ザルモナ
 シッ! そんないくつも質問しない!

ザルモナ
 アタシたちは取引をしてるんであって「20の質問」ゲームをしてるんじゃないの。いい?

ザルモナ
 なーに、このキーカードが欲しくないの? んー?

ヴァレリア
 ……。

ヴァレリア
 分かった。その『丸いもの』をこのラボで失くしたのは間違いないのね?

ザルモナ
 モチよ! 絶対このラボのどこかにあるから。

ヴァレリア
 ……。


 ドラコの話では、ロビーから左右どちらに進んでも最終的には地下にたどり着く……


 G4サイボーグ事件の舞台となった隠し部屋がある場所へ。


 別の言い方をすれば、その場所で多くの手がかりを得られるのみならず、ロビーの反対側のルートを通ってここを脱出することも可能だということだ。


 この間にも、ゲートの向こう側からはなんの音も聞こえてこない。ドラコになにがあったのだろう。


 彼ともう一度会えるだろうか?


 ……。


 とにかく、今は例の『丸いもの』を探そう。

 目的:ザルモナの探し物を見つけろ


【→ゲート】

 ロビーとこのラボをつなぐゲートだ。私はこの向こう側から来た。


 向こう側からはなんの音も聞こえない。ドラコになにがあったのだろう。

ヴァレリア
 ザルモナ、こっちからこのゲートを開ける方法は本当に無いの?

ザルモナ
 は? あるならアタシのために探してくれる?

ザルモナ
 アタシが知ってる限りじゃ、ロビーにあるゲートはどっちもフロントでしか操作できない。

ザルモナ
 マイヤーズ社のセキュリティシステムの特徴よ。

ヴァレリア
 ……こう言うのもなんだけど、意味不明なセキュリティシステムね。

ザルモナ
 でしょ? アタシもなに考えてんのかさっぱり。

ザルモナ
 今のところ、アタシたちがここから脱出するには、

ザルモナ
 地下からエレベーターに乗ってマイヤーズ社の反対側へ出て、そこからロビーに戻るって方法しかないわ。

ヴァレリア
 そう……


 なら、私の推測は間違っていなかったようだ。


【→ゲート右の換気用ダクト】

 換気用ダクトだ。特に変わった点はない。

ザルモナ
 ここに潜り込めば外に出られるかも。

ヴァレリア
 ……入れるとは思えないけど。

ザルモナ
 入れなさそうなのは刑事さんが? それともアタシが?

ヴァレリア
 ……私たち二人とも入れないと思う。

ザルモナ
 は!? マジ?

ヴァレリア
 ……。


【→ゲート前右奥のロボットアーム】

 ロボットアームだ。

ザルモナ
 ねえ、気づいた?

ヴァレリア
 え?

ザルモナ
 このロボットアーム、ちょっと違うところがあるの。

ザルモナ
 来て。

ザルモナ
 ここ見える? このロボットアーム、が彫ってある。

ヴァレリア
 ああ……確かに。


 しかし、些細な違いだ。これに本当になにか意味があるのだろうか?


【→ゲートと反対側の壁の4枚パネル】
ザルモナ
 ホント、現代アートってどんどんもったいぶった感じになってくわね。

ザルモナ
 刑事さん、この4枚の絵、どういう意味があると思う?

ヴァレリア
 ……これはなにかの装置なんじゃないかな。

ザルモナ
 装置?

ヴァレリア
 見て、どの絵も下に2つのボタンがついてる。

ザルモナ
 へえ? 試しに1つ押させて。

ヴァレリア
 !?

ヴァレリア
 絵の色が……変わった。

ザルモナ
 じゃ、もう1つのほうは?

ヴァレリア
 今度は図形が変わった。

ザルモナ
 なるほどねえ。それぞれの図形を対応する色に合わせる必要があるってことか。

ザルモナ
 そんな難しい話じゃないわ。全部の組み合わせを試してみりゃいいのよ、そうすれば正解が見つかるでしょ。

ヴァレリア
 いや、そこまで単純な問題じゃない。

ザルモナ
 え?

ヴァレリア
 それぞれの絵は図形を変えられて、色も変えられる。

ヴァレリア
 つまり、必要なのは図形を対応する色に合わせることだけじゃない。

ヴァレリア
 絵の正しい順番も見つける必要があって、それはたぶん色で決まる。

ザルモナ
 確かに。とすると、考えられる組み合わせはもっと増えるか。

ヴァレリア
 そうね。ひとつひとつ試すのは現実的じゃないと思う。


【→4枚パネル前左手前のロボットアーム】

 ロボットアームだ。


 ん? これは……

ザルモナ
 鍵だ! このアーム、鍵を持ってる!

 アイテム収集:鍵


【→4色パネルのついたドア】

 ドアのハンドルを動かしてみた。


 ドア自体には鍵はかかっていないようだが、上のほうに取り付けられているもののせいで開けることができない。


【→4色パネル付きドアの脇にあるトロフィー】

 トロフィーだ。


 トロフィーにはひし形が彫られているが、文字は無い。

ザルモナ
 刑事さん、このトロフィーって誰のものなんだろうね。

ヴァレリア
 さあ。月間優秀社員のトロフィーじゃない?

ザルモナ
 月間優秀社員?

ザルモナ
 対象者は地下行きの無料チケットがもらえるんでしょうねえ。アハハハハ。

ヴァレリア
 ……。


【→鍵付きの引き出し・右側】

 引き出しだ。


 スライドさせて開け、中を見た。


 中にはなにもない。

ザルモナ
 ガッカリ。鍵ついてるし、絶対良いものが入ってると思ったんだけど。

ヴァレリア
 間違ってはない。

ザルモナ
 え? どういうこと?

ヴァレリア
 見て。この引き出しの鍵、こじ開けられてる。

ザルモナ
 !? ホントだ。

ザルモナ
 じゃ、誰かがこの場所を漁ったのね。

ザルモナ
 この鍵を壊した人が中にあった良いものを持ってっちゃったんだ。

ヴァレリア
 たぶん。


【→鍵付きの引き出し・左側(※鍵を使用)】

 引き出しを開けた。


 中にあったのは……


 メス。


 それに、カセットテープ。

ザルモナ
 鍵のかかった引き出しの中にカセットテープが?

ザルモナ
 刑事さん、これが意味するところは分かるでしょ?

 アイテム収集:メス、カセットテープ


【→ラジカセ(※カセットテープを使用)】

 ラジカセにテープを入れ、再生ボタンを押した。


 次から次へ、散発的に音が流れ出る。

ラジカセ
 ……。

ラジカセ
 7月20日……午後11時ごろ……刑務所地区……小規模の爆発が……

ラジカセ
 無期懲役……マイヤーズ社の元研究員……行方……分からなくなっています。


 音声は非常に小さく不明瞭で、あいまいな単語が数語聞き取れたのみだった。

ザルモナ
 このラジカセ、いったいどうしたってのよ!? 全然聞こえないじゃん!

ヴァレリア
 待って……私が直すから!


 言うやいなや、ザルモナはラジカセをバンバンと叩き始めた。

ヴァレリア
 ザルモナ、だめ!


 私は手を出し、ラジカセを守ろうとした。


 !?


***************************


☆過去の記憶
ラジカセ
 2081年7月20日午後11時ごろ、G4中央刑務所地区近辺で小規模の爆発が数回発生し、刑務所の壁が一部崩壊しました。

ラジカセ
 G4サイボーグ事件の首謀者として無期懲役の判決を受け服役中だったマイヤーズ社の元研究員、ウィンストン・ルーミスの行方が分からなくなっています。

ラジカセ
 現場は現在清掃中で、ウィンストンが爆発に巻き込まれて死亡した可能性は否定できません。

ラジカセ
 2081年7月21日、警察による爆発現場の清掃が完了しました。サイボーグ用義肢の破片および爆発物が数点発見されたことから、警察はウィンストンが逃走したと結論づけました。

ラジカセ
 ウィンストンは現在も逃亡中で、警察では逮捕につながる情報を探しています……


ヴィクター
 教えてくれ、ヴィンセント。このニュース、お前となにかしら関連があったりしやしないよな?

ヴィンセント
 ……。

ヴィンセント
 ……。

ヴィンセント
 ……知らないニュースだ。いま初めて聞いた。

ヴィクター
 ……。

ヴィクター
 ほぉ? そうかい?

ヴィクター
 なら説明してくれねえか……

ヴィクター
 なんでコイツが今お前の家にいるのかを!?

ヴィンセント
 ……。

ヴィンセント
 帰宅途中に偶然ルーミスさんに会ったんだ。

ヴィンセント
 驚くべき運命のいたずらだ。でしょう、ルーミスさん?

ウィンストン
 ……。

ヴィクター
 ……。

ヴィンセント
 ……。

ウィンストン
 ……ケホッ。

ヴィンセント
 ……。

ヴィクター
 ほぉぉ? 確かにとんでもない運命のいたずらだよ。

ヴィクター
 ヴィンセント・エッジワース。ウィンストンはいま刑務所にぶち込まれてるはずの人間だというのを知らんのか?

ヴィンセント
 と言われてもな。そんな些細なことは気にならないときだってある。

ヴィクター
 『気にならない』!?

ヴィクター
 マジで言ってんじゃないだろうな! 忘れたのか、ウィンストンを刑務所にぶち込んだのは他でもないお前なんだぞ!?

ヴィクター
 ……ヴィンセント。俺の目を見ろ。

ヴィクター
 他の人間に嘘を吐くのは得意だったかもしれんがな。

ヴィクター
 俺の前ではそいつは通用しねえ、そりゃ俺たち二人ともよーく知ってる。

ヴィクター
 お前は昔からそうだ。例外なく。

ヴィンセント
 ……。

ヴィンセント
 なんの話をしているのやら。私はずっとお前の目を見ている。

ヴィクター
 ……見てねえよ。

ヴィンセント
 見てる。

ヴィクター
 見てねえ。

ヴィンセント
 見てる。

ヴィクター
 ……。

ヴィンセント
 ……。

ヴィクター
 ……。

ヴィンセント
 ……。

ヴィクター
 ……。

ヴィンセント
 ……。


ヴィクター
 (ため息)なあ、友よ。

ヴィクター
 どういう選択をしようと俺はいつでもお前を支えてやろうと思ってる。

ヴィクター
 ずっとそうだったろ、大学で会ったときから。

ヴィクター
 だが今の状況は狂ってるとしか言いようがねえよ。

ヴィクター
 気持ちは分かる。お前がマイヤーズ社から受けた仕打ちは到底許せるもんじゃねえ。

ヴィクター
 けど分かってんのか、お前が進もうとしている道は引き返す術がないんだ。

ヴィクター
 復讐を選んだその瞬間、お前は自分の敵となにひとつ変わらなくなる。

ヴィクター
 ヴィンセント・エッジワース。お前があの大事故から生き延びられたこと自体もう奇跡なんだ。

ヴィクター
 お前はこの先の人生でいろんなことを成し遂げることもできる。マイヤーズ社と永遠に戦い続けることを本気で望んでるのか?

ヴィクター
 自分ひとりでマイヤーズ社を相手にできると本気で考えてんのか?

ヴィクター
 馬鹿言うな。自分の命を無駄に犠牲にするだけだ。

ヴィンセント
 ……。

ヴィンセント
 ……ならお前も来い、ヴィクター。

ヴィクター
 あ?

ヴィンセント
 私と一緒に来い。お前の力が必要だ。

ヴィクター
 ……。

ヴィンセント
 お前からすれば私は八方塞がりな状態の愚か者に見えるかもしれない。だが私はこれ以上振り回されるのは御免だ。

ヴィンセント
 あんなことがあった後で、マイヤーズ社が私を野放しにすると思うか?

ヴィンセント
 ここでなにもしないことを選択すれば遅かれ早かれ私は死ぬ。

ヴィンセント
 だがこの技術を習得できれば、私が手綱を握れる。マイヤーズ社より優位に立つことができる。

ヴィンセント
 お前の言う通りだ、ヴィクター。それは私ひとりの力では無理だ。

ヴィンセント
 ウィンストン・ルーミスの頭脳が要る。それ以上に、もう一人の男の力が要る。

ヴィンセント
 信頼が置け、私の命を預けられる男の力が。

ヴィクター
 ……。

ヴィクター
 イカれちまったのか、ヴィンセント。俺が誰だか分かってねえのか?

ヴィクター
 そういう決断がどれだけ危険なものか理解できてんだろうな?

ヴィンセント
 この世界は均衡の内に成り立っている。その均衡は流動的なもの。

ヴィンセント
 いずれ理解するだろうが、善も悪も変わりゆく2つの律動に過ぎない。

ヴィンセント
 ヴィクター、私はお前を信じている。私たちなら正しい均衡を見つけ出すことができる。

ヴィクター
 ……。

ヴィクター
 (ため息)ああ。なんで忘れちまってたのかね。

ヴィクター
 ヴィンセント・エッジワースは己の決断を後悔しない。

ヴィクター
 しかし、そういう感じのお前を見るのは久しぶりだ。

ヴィクター
 とんでもなく長く険しい道になるぜ。だがヴィンセント・エッジワース、ここからは俺がお前の隣を歩こう。

ヴィンセント
 ……。

ヴィンセント
 ……感謝する、ヴィクター。

ヴィクター
 なんか言ったか? 聞こえなかった。

ヴィンセント
 ……だから、感謝する。

ウィンストン
 ……。

ウィンストン
 ……ケホッ。

ヴィンセント
 ……。

ヴィクター
 ……。

ウィンストン
 ……。

ヴィクター
 おっと、忘れるとこだった。ルーミスさんがいたんだった。

ヴィクター
 俺たちの会話が全部聞こえてたようだ。

ヴィクター
 そういや、お前はコイツと一緒になにを企んでるんだ?

ヴィンセント
 刑務所に送り返してやるのもありかもしれん。

ヴィクター
 おうおう。どうした、ヴィンセント。

ヴィクター
 その照れくさそうな顔はなんだ?

ヴィンセント
 やめろ、ヴィクター。

ヴィクター
 ところで、実はお前にサプライズがあってな。

ヴィンセント
 これは……?

ヴィクター
 ウィンストンのラボから取り返してきたモンだ。

ヴィクター
 誰もいない隙に、引き出しをひとつこっそりこじ開けてきた。

ヴィンセント
 つまり、お前は初めからウィンストンの脱獄が私の仕業だと知っていたと?

ヴィクター
 ま、そうとも言える。

ヴィクター
 エッジワース、こいつを調べてみたらどうだ。

ヴィクター
 ルーミスさんのことはしばらく俺に任せろ。

ヴィンセント
 ……。


ヴィンセント
 ……ヴィクター・ブレイク。

ヴィンセント
 あいつには時折ぞくりとさせられる。

ヴィンセント
 私の思考を易々と読み、私の一挙手一投足すら言い当てる。

ヴィンセント
 あいつが人間を超えるのにマイヤーズ社の機械式義肢は必要なかった。元より人間離れしていたのだから。

ヴィンセント
 ときどきこう考える。

ヴィンセント
 大学時代にあいつと友人になっていなかったら。

ヴィンセント
 あいつの力が必要だったとき、あいつがそばに居なかったら。

ヴィンセント
 今ごろどれほど困難な状況に置かれていただろう。この瞬間、私はどこにいただろう。

ヴィンセント
 ……。

ヴィンセント
 考えないほうがいい。

ヴィンセント
 時間がない。ヴィクターが取り返してきたものをすべて入念に調べなければ。


【→ノート】
ヴィンセント
 革表紙のノートだ。表紙には三角形が彫り込まれている。

ヴィンセント
 ノートのどのページにも、その日の実験の詳細が綺麗な手書き文字でびっしりと書き込まれている。

ヴィンセント
 間違いない、ウィンストンの研究日誌だろう。


 2080年2月15日 晴れ
 被験体5番が大幅な精神的減退を伴う激しい拒否反応を示した。
 5番はけいれん、絶叫、収容ユニットの殴打などの複数の不安症状を示した。
 被験体1番および3番は現在安定しており、拒否反応はみられない。


 2080年4月10日 晴れ
 被験体5番の精神状態がさらに悪化し、胴体の表皮の一部に腐敗がみられた。
 5番は何度か収容ユニットの破壊を試み、食物摂取後も改善はみられなかった。
 被験体1番および3番は現在安定しており、今回も拒否反応はみられない。


 2080年7月1日 曇り
 被験体5番の身体状態は悪化を続け、もう全身の3割しか表皮が残っていない。
 5番がこのまま機械化成功の兆しを見せないようなら、モリーコアの除去を行う。
 被験体3番は良好な状態であるものの、今日は食物摂取に対する異常な拒否反応がみられた。
 被験体1番は現在安定しており、今回も拒否反応はみられない。


 2080年12月20日 雨
 被験体5番のメモリーコアの除去に成功し、5番は一時的に収容ユニットに拘禁。
 後日、四肢を切断し、G4地区外の排水槽に廃棄する。
 被験体1番および3番は現在安定しており、拒否反応はみられない。


 2081年1月12月 晴れ
 今日、被験体1番が突如不安定で暴力的な状態となり、研究員数名への攻撃を試みた。
 1番はメモリーコアの除去により沈静化し、一時的に収容ユニットに拘禁されている。
 被験体3番は今回も安定していたが、精神リンクの成功を示す証拠はいまだみられない。

ヴィンセント
 ……。

ヴィンセント
 メモリーコアだと? なるほど。


【→万年筆】
ヴィンセント
 万年筆だ。

ヴィンセント
 持ち手の表面は滑らかだが、ある一面にのみ四角形が彫り込まれており、ここだけ妙に浮いている。


【→トランプ】
ヴィンセント
 ポーカー用のトランプだ。

ヴィンセント
 G4地区を発祥とするこのポーカー用トランプは、一般的なトランプとはやや異なる。

ヴィンセント
 G3地区を発祥とする一般的なトランプは、スペード・ハート・クラブ・ダイヤの4種類のスートがある。

ヴィンセント
 一方、G4地区版は自然をテーマとし、4種のスートは火・木・水滴・月に変わる。

ヴィンセント
 なぜこの4種なのかということについては数多くの仮説が存在するが、決定的な答えはいまだに出ていない。

ヴィンセント
 しかし、言わせてもらえば実に皮肉なテーマだ。

ヴィンセント
 G4地区の文化も意義も、自然とは一切関係がないからな。

ヴィンセント
 だがそれより……

ヴィンセント
 ウィンストン・ルーミスは、なぜマイヤーズ社にトランプを持ち込んでいる? しかもこの4枚を?

ヴィンセント
 社員なら、業務と無関係の物品の持ち込みが固く禁じられていることは知っているはずだ。ましてや娯楽用のトランプなど。

ヴィンセント
 さらに妙なのは、この4枚のトランプは4種のスートすべてを含み、かつ数字もAから4まで揃っているということ。

ヴィンセント
 これは明らかにウィンストンが自身に残したヒントだ。なにかのコードのな。


【→マティーニ
ヴィンセント
 特別なレシピで作ったマティーニだ。

ヴィンセント
 私にとっては、ただ味を楽しむもの以上の意味を持つ。

ヴィンセント
 人生になくてはならないものだ。


【→ラジカセ】
ヴィンセント
 ヴィクターが持ってきたラジカセだ。あいつはなにを考えていたのやら。

ヴィンセント
 しかし、ウィンストン脱獄のニュースはもうG4地区中に広まっているんだな。

ヴィンセント
 望んでいた展開ではない。だが残念ながら避けられないことではあった。


***************************


☆ラボ

 はあ……はあ……


 いまのは……いま見ていたのは、ヴィンセントの記憶!?

ザルモナ
 ねえ、ねえったら! 大丈夫?

ヴァレリア
 ……え? あ、ああ、大丈夫。

ヴァレリア
 (そういえば、私が記憶を読めるということを彼女は知らないな)

ザルモナ
 ああもう、超ビックリした!

ザルモナ
 いきなり無表情になって全然動かなくなっちゃうんだもん! アタシの声にも反応しないし!

ヴァレリア
 心配かけてごめんなさい。もう良くなったから。

ヴァレリア
 ところで、このテープに録音されてたニュースの内容が分かったわ。

ザルモナ
 マジ? 聞かせて、なんのニュースだったの?

ヴァレリア
 マイヤーズ社に濡れ衣を着せられた無実の社員のウィンストン・ルーミスが、刑務所から脱獄したって話。

ザルモナ
 ああ、それ覚えてる!

ザルモナ
 聞いた話じゃ、そいつの行方は今も分かってないの。

ザルモナ
 でも刑事さん、気をつけて。アタシなら彼のこと『無実』なんて言わない。


 !?

ヴァレリア
 どうして?

ザルモナ
 確かに、だいたいの噂話ではウィンストンはマイヤーズ社に濡れ衣を着せられた無実の社員ってことになってるわ。

ザルモナ
 それはある程度は正しいと思う。

ザルモナ
 サイボーグに関する一連の実験はウィンストンひとりだけの所業じゃない。

ザルモナ
 実際、マイヤーズ社の幹部陣は全員あのプロジェクトの存在を知っていた。

ザルモナ
 それでいて自分たちが巻き込まれることのないよう、あのかわいそうな研究員に濡れ衣を着せることにしたわけ。

ザルモナ
 でもね、みんな言うの忘れてるけど……

ザルモナ
 ウィンストンがあの実験に参加していた研究員のひとりだっていうのも確かなのよ。

ザルモナ
 そういや刑事さん、面白いこと教えてあげよっか?

ザルモナ
 ウィンストンは昔、まさにこのラボで働いてたの。

ヴァレリア
 ……。


 なるほど。


 つまり、結局のところウィンストンも潔白というわけではなかった。


 だが、マイヤーズ社の他の関係者に罪を着せられ、実験全体の責任を負わされたのだ。


 そして2081年7月、ヴィンセントの手を借りて脱獄した。


 ヴィンセントの話では、彼がとある技術を習得するために、ウィンストンの知識、そしてヴィクターの助けが必要だということだった。


 彼はその技術を、一方では護身のために、もう一方ではマイヤーズ社への復讐のために使うことを望んでいた。


 その技術とはなにか……思い当たるものはあるが、その疑惑をはっきりさせる必要がある。


 とにかく、調査を続けよう。


【→4枚パネル】
 注意:正しい答えを入力すると自動的に装置が解除される。

※回答入力後(緑△、青□、黄◇、赤○
ヴァレリア
 うまくいった。

ザルモナ
 うっそぉ! すごい!


【→4色パネルのついたドア】

 ドアの向こうの部屋は真っ暗だった。


 突然の闇に目が慣れるまでしばらくかかった。


 ……!


 なんだろう? 湿っていてねばつくものを踏んだ。


 かがんで触ってみようとしたところ、なにか鋭いもので手を切った。


 痛い。これは……ガラスの破片?


 巨大なガラスの槽が目の前に立っていることに気づいたのはその時だった。


 そして、そのなかにいたのは……


 !?

ザルモナ
 下がって、下がって!


ザルモナ
 ……。

ザルモナ
 よかった。アレ、死んでるみたい。

ヴァレリア
 ……あれ見て! 誰かいる!

ザルモナ
 へ?

ヴァレリア
 真ん中のガラス槽の中に人がいる!

ザルモナ
 ああ。たぶんアレもサイボーグよ。

ヴァレリア
 サイボーグ? でもあの見た目はまるで……

ザルモナ
 ……。

ザルモナ
 ……刑事さん、知らない?

ザルモナ
 サイボーグにはいろんな種類があるの。

ヴァレリア
 種類? どういうこと?

ザルモナ
 ……。

ザルモナ
 アタシも特に詳しいわけじゃないんだけど……

ザルモナ
 その箇所、読んであげるね。


 そう言うと、ザルモナはポケットから一冊の日誌を取り出した。


 半機械化への耐性の程度は個体によって異なるため、
 しばしば被験者群のなかで知的能力の二極化がみられる。
 一般的に、機械化に耐性のある被験者はヒトの顔の特徴を維持する。
 そして新たに改造された身体で、普通のヒトを凌ぐ超人的な能力を発揮する。


 一方、機械化に耐えることができなかった被験者は知的能力が急激に低下し、
 それにより野生動物のような振る舞いをするようになる。
 また、そうした被験者の身体には機械化に対する明確な拒否反応が現れ、
 バラバラに崩れ落ちていきそうな印象を与えることがしばしばである。


 我々はこの知的能力を喪失したサイボーグを『抜け殻』と呼ぶ。
 しかし特筆すべきこととして、一部の被験者は『順応期間』を必要とするらしい。
 そうした被験者は最初に機械化を行ったとき、身体に『抜け殻』と同様の拒否反応が現れるが、
 定期的に食物を摂取し、十分な時間を取れば、


 最終的には機械化を受け入れる。
 ゆえに、被験者群に機械化を行った後は、
 観察期間として彼らを隠し部屋に入れている。
 その後、もし被験者が機械化成功の兆しを見せなければ、
 被験者の四肢を切断し、G4地区外の廃水槽に沈めている。

ザルモナ
 以上が、この会社で見つけた研究日誌に書かれてたことよ。

ヴァレリア
 つまり、サイボーグには2種類いるのね。

ヴァレリア
 1つは、身体が機械化に耐えられなかったせいで化け物のような見た目になっているタイプ。

ヴァレリア
 もう1つは、機械化に耐えたために知的能力が残っていて、普通の人間と変わらない見た目をしているタイプってことね?

ザルモナ
 そ。でもそれだけじゃないの。

ザルモナ
 次の部分をよく聞いて。


 機械化に耐性がある被験者はごく少数であることが多いため、
 隠し部屋のサイボーグの大半について四肢を切断し、廃棄しなければならないことがしばしばである。
 それは我々にとって極めてコストが高く、負担も大きい。
 ゆえに、数名の研究員による不断の努力の甲斐あって、
 我々はクローン技術を用いて新しいタイプのサイボーグを造る方法を編み出した。


 結果、大量の被験者群のなかから機械化に耐性のある少数の被験者を探し出す必要はなくなった。
 機械化に成功した被験者の遺伝子を抽出しさえすれば、彼らを再生産することができる。
 ただし……
 このタイプのサイボーグは記憶を持たないため、メモリーコアを取りつける必要がある。


 存在しない記憶を与えることで、特異的な人格を植えつけることができる。
 実在する社員から記憶を抽出すれば、望ましい人格を与えることができる。

ザルモナ
 つまり、ヒトを直接改造したんじゃなくて、クローン技術で造られたサイボーグがいるってわけ。

ザルモナ
 でも見た目だけで区別するのは難しいわね。

ヴァレリア
 ……。

ヴァレリア
 ということは、

ヴァレリア
 私たちみたいな普通の人間とまったく同じ見た目のサイボーグが潜んでいる可能性があるってこと?

ザルモナ
 そうとも言えるわ。


【→黒板】

 黒板だ。いろんな図式や説明書きが書かれている。

ザルモナ
 刑事さん、右上の数字が見える?

ヴァレリア
 1 = 001, 2 = 010, 7 = 111……

ヴァレリア
 これは……十進数を二進数に変換したもの?

ザルモナ
 そう。二進数はコンピューター技術で広く使われてるシステムで、数字を0と1の2種類の記号だけで表すの。

ザルモナ
 たとえば二進数の110は0 + 1*2 + 1*2*2で、十進数だと6になるわけ。

ザルモナ
 二進数の111は1 + 1*2 + 1*2*2で、十進数だと7。

ヴァレリア
 なるほど。つまり、答えとなる被験体番号を二進数にしたものを見つけないといけないってことね。


【→パネルに答え(011)を入力】

 コマンドを受けつけました。被験体3番の収容ユニットの排水を行います。


【→中央のガラス槽】
ザルモナ
 ……。


 ガラス槽のなかのものを一目見た瞬間、すでに漂っていた息苦しい雰囲気がさらに強まった。


 ザルモナは最初は怖がっていたが、すぐにその表情が不安に変わった。


 しかし、お互いなにも言うまいと示し合わせたかのように、私たちは静かに立ち尽くしていた。


 ザルモナがまっすぐ私のほうを見ているのを感じる。


 しかしその時、私は目の前のサイボーグに完全に考えを集中させていた。

ヴァレリア
 それじゃ、やりましょう。

ザルモナ
 ……う、うん。


【→メスをサイボーグに使用】

 私はザルモナからメスを受け取り、サイボーグの身体に深い切れ込みを入れた。


 一回。もう一回。さらにもう一回。


 今まで感じたことのない気持ちが胸の内に湧き上がる。


 ザルモナはただ見ているだけだ。一言も言葉を発しない。


 気づかないうちに、サイボーグの胴体はズタズタに切り刻まれていた。


 そして、その皮膚の下から……奇妙な丸い球が現れた。


 私はその球を素手で掴み、引きずり出した。

ヴァレリア
 あなたが探してたのはこれよね?

ヴァレリア
 サイボーグのメモリーコア。

ザルモナ
 ……。

ザルモナ
 ……うん。


 私は血みどろの手でそれをザルモナに渡した。

ザルモナ
 ……。

ザルモナ
 こんなとこさっさと出よ。アタシもう耐えられない。


ヴァレリア
 ……。

ザルモナ
 刑事さん、大丈夫?

ヴァレリア
 ……。

ザルモナ
 刑事さん?

ヴァレリア
 刑事って呼ばないで! 私が誰かも知らないくせに!

ヴァレリア
 あなたも見たでしょう。

ヴァレリア
 私たちがさっき見たあのサイボーグ……

ヴァレリア
 私と瓜二つだった!

ザルモナ
 ……。

ヴァレリア
 ザルモナ、私はあなたのこと知りもしないの! なんにも覚えてないのよ!

ヴァレリア
 ここに来れば欲しかった答えが見つかると思ってたのに、もう完全に訳が分からなくなった。

ヴァレリア
 私は実在してすらいなかったのかもしれない! 大勢いる同じサイボーグのなかの一人だったかもしれないんだわ!

ヴァレリア
 ドラコが正しかったんだ。私はここに来るべきじゃなかった!

ザルモナ
 ……。


 私が唐突に声を荒げたにも関わらず、ザルモナは微塵も怒った様子を見せなかった。


 一時の沈黙ののち、ザルモナが口を開いた。

ザルモナ
 探してた真実が無意味なものになっちゃったって思ってるんでしょ。

ザルモナ
 自分がただの複製かもしれなくて、希望を失ってる。

ザルモナ
 でも、自分ってものを自分の過去で決めるべきじゃないわ。

ザルモナ
 確かに、あなたがアタシの会った刑事さんなのかどうかをはっきりさせる方法は無い。

ザルモナ
 けど、アタシたちが何者かを決めるのはアタシたちよ。

ザルモナ
 あなたが目を開けたその時から、あなたこそがあなたで、他の誰でもない。

ザルモナ
 自分とそっくりな誰かがこの世界のどこかにいるからって、それがなんだっての?

ザルモナ
 アタシたちが持つ自分だけの経験のひとつひとつが、アタシたちというものを作ってる。そうじゃない?

ザルモナ
 この瞬間、あなたとアタシだけがここにいる。

ザルモナ
 この経験はアタシたちだけのもので、他の誰のものでもない。

ザルモナ
 自分の人生を歩む動機を与えてくれるものは、人生の先で待ってるたくさんの楽しい可能性。

ザルモナ
 近い将来、あなたは新しい人々と出会って、新しい友だちを作るわ。

ザルモナ
 ひょっとしたら……その人はあなたの新しい家族になるかもよ。自分の命を喜んであなたに捧げてくれる存在に。

ヴァレリア
 ……自分の命を……捧げてくれる人……?


 ザルモナの言葉は不思議と気分が安らぐ。想像していた彼女の姿とは大きくかけ離れている。

ヴァレリア
 あなたからそんな話が聞けるなんて。

ザルモナ
 アハハ。前職で聞いた話かも。

ヴァレリア
 え?

ザルモナ
 気にしないで、今は関係ないことだから。

ザルモナ
 それより、手伝ってくれてありがとね。

ザルモナ
 見当もつかないでしょ、これがアタシにとってどれだけ大事か。

ヴァレリア
 ……。

ヴァレリア
 ザルモナ、どうしてサイボーグのメモリーコアが必要なの?

ザルモナ
 ……深ーいワケがあって。

ザルモナ
 あなたは昔の記憶が無いって話だったよね。

ザルモナ
 でもマイヤーズ社に来たってことは、G4地区の都市伝説は聞いたことがあるって考えてよさそうね。

ヴァレリア
 G4地区の都市伝説? 例のG4サイボーグ事件のこと?

ザルモナ
 近いけど、アタシが考えてるのは特に都市伝説の最後のほう。

ザルモナ
 こんな風な話を聞いたはずよ……

ザルモナ
 『今もなお、G4地区の市民は不可解な失踪を遂げている』

ザルモナ
 『噂では、かの実験の犠牲者たちの亡霊が町をさまよっていて、彼らに不運にも出くわしてしまった市民の命を奪っているらしい……』

ヴァレリア
 ああ、覚えてる。

ザルモナ
 そ。亡霊なんて存在しないって話はしなくていいよ。

ザルモナ
 近年のG4地区での失踪事件も、何者かの計画的な犯行だから。

ヴァレリア
 ここ最近の一連の失踪事件もマイヤーズ社の仕業だってこと? マイヤーズ社が秘密裏に活動を続けていると?

ザルモナ
 まあ、そんなようなモン。

ザルモナ
 でも実はさ、その失踪事件の詳細は……元々のG4サイボーグ事件とは違う部分が多いんだよね。

ザルモナ
 G4サイボーグ事件では、マイヤーズ社は自社の社員をサイボーグに改造し、一般市民を誘拐してエサにしてた。

ザルモナ
 一方、最近失踪した人たちは大半が一般市民じゃないの。マイヤーズ社の関係者か元社員なのよ。

ザルモナ
 マイヤーズ社はその人たちもサイボーグに改造したのかな。それともただのエサにしたのかな?

ヴァレリア
 そうね……もしその人たち全員が昔なんらかの形でマイヤーズ社に関係していたのなら、マイヤーズ社は彼らに消えて欲しいと思うでしょうね。

ザルモナ
 ね。でもほとんどの人は一連の失踪事件があるひとりの人物の犯行だと思ってるの。

ザルモナ
 指紋ひとつ残さず、被害者になにが起こったのかについての手がかりすら残さないほど極めて慎重な性格の、危険な犯罪者。

ザルモナ
 その人物は……G4地区の最重要指名手配犯になってる。

ザルモナ
 そいつがマイヤーズ社とどうつながっているのか……それは誰も知らない。でも、そいつがまだ生きているのを目撃した人間がひとりいる。

ヴァレリア
 ひとりだけ? それは誰?

ザルモナ
 それはね……アタシ。

ヴァレリア
 !?

ザルモナ
 そ。G4地区最重要指名手配犯が一度やらかしたことがあるのよ。その時、アタシも現場にいたの。

ザルモナ
 暗くて、風の強い夜だったわ……

ザルモナ
 アタシはちょうど自分のアパートに帰ってきたとこで、部屋に入って休もうと思ってた。

ザルモナ
 ところが同じ階のある部屋の前を通り過ぎたところで、停電が起きたの。

ザルモナ
 廊下は真っ暗闇になった。周りが全然見えなかった。

ザルモナ
 そしたら……

ザルモナ
 近くの部屋から、肉が骨から引きちぎられるような音と一緒に、血が凍りつきそうな絶叫が聞こえた。

ザルモナ
 ひとりの人間がその部屋から走り出てきて、アタシのそばを通り過ぎていった。

ザルモナ
 ずいぶんパニックになってたから、アタシが居たことに気づいてたのかどうかすら微妙なとこ。

ザルモナ
 その後すぐに停電が直ったけど、その人はもういなかった。

ザルモナ
 そして、さっきまでは綺麗だった廊下が……

ザルモナ
 停電が直った後に一変してた。

ザルモナ
 壁も床も血で真っ赤になってたのよ。

ザルモナ
 そして閉まっていたはずの部屋のドアが、半分だけ開いていた。

ザルモナ
 『ヤッバ、大変なことになってる!』

ザルモナ
 アタシはご近所さんの様子を確かめようと、考え無しに部屋のドアを開けた。

ザルモナ
 そこで見たものは……

ザルモナ
 これまでの人生で見てきたなかで一番恐ろしい光景だった。

ザルモナ
 身体を細切れにされた男の人が床に転がってたの。

ザルモナ
 部屋にはバラバラになった身体や内臓がぶち撒けられてた。

ザルモナ
 でも最悪だったのはそこじゃない。一番恐ろしかったのは……

ザルモナ
 その人の首は完全に胴体から切り離されてたのに、口がまだパクパク動いてたのよ。なんとかして呼吸しようとしてるみたいに。

ザルモナ
 『ね、ねえ! しっかりして! すぐに救急車を呼ぶから!』

ザルモナ
 アタシはとっさにその人に駆け寄って助けようとした。もう手遅れなのはよーく分かってたんだけどね。

ザルモナ
 そのとき、お隣さんたちが叫び声を聞いて駆けつけてきた。

ザルモナ
 けど、男の人を助けようとしてるアタシの姿を見て勘違いした。

近隣住民1
 『おい! なにしてる!』

近隣住民2
 『人殺し! こいつ、人殺しだ!』

近隣住民3
 『捕まえてェ! 逃がしちゃダメ!』

ザルモナ
 『ま、待って! 訳があるの!』

ザルモナ
 でも、話をするには遅すぎたわ。

ヴァレリア
 それで? その後はなにが?

ザルモナ
 その後は……お恥ずかしいことに、アタシがG4の最重要指名手配犯にされちゃった。

ザルモナ
 なんとかG4警察からは逃げおおせてるけど。

ザルモナ
 最近は新しい家がなかなか見つかんないわ。

ザルモナ
 けど信じてよ……

ザルモナ
 男の人を殺したのはホントにアタシじゃないの! アタシ、ハエも殺せやしないのよ!

ヴァレリア
 分かってるよ、ザルモナ。

ヴァレリア
 しかし、そうなると……あなたは実際には犯人の姿をちゃんと見てないのよね。

ザルモナ
 (ため息)うん。

ザルモナ
 そいつと会ったとき、廊下は真っ暗だったからね。そいつの外見は分かんなかったわ。

ヴァレリア
 だとすると、その殺人犯がG4地区の失踪事件の犯人と同一人物だって、どうして断言できるの?

ザルモナ
 正直言うと、断言はできないの。

ザルモナ
 でも後で分かったこととして、殺されたご近所さんはリチャード・エマノン博士っていうマイヤーズ社の元社員だったのよ。

ザルモナ
 そしてやっぱり、警察は現場でどの容疑者の指紋も見つけることができなかった。

ザルモナ
 (ヒソヒソ)もちろん、アタシの指紋はあったけど……

ザルモナ
 共通点が多すぎよ、そう思わない?

ザルモナ
 だから、たぶん……

ザルモナ
 殺人犯はもともと、エマノン博士を誘拐して、他の場所で殺す予定だったんじゃないかな。

ザルモナ
 でもなんらかの理由で、あのとき殺人犯は失敗した。

ザルモナ
 それで急いでエマノン博士を殺し、逃走した。

ザルモナ
 もっと興味深いことがあって……

ザルモナ
 エマノン博士の殺され方は、G4サイボーグ事件での幹部陣の殺され方とそっくりだったの。

ザルモナ
 全員バラバラに引き裂かれてたのよ。

ザルモナ
 だから、殺人犯が幹部陣を殺害して逃亡中の犯人と同一人物だっていうのはかなりありうる話だわ。

ヴァレリア
 じゃあ、あなたがサイボーグのメモリーコアを探している理由っていうのは……

ザルモナ
 そ。さっきも言ったけど、最近の不可解な失踪事件の犠牲者はマイヤーズ社の関係者が多い。

ザルモナ
 殺人犯もマイヤーズ社の関係者だと考えないわけにはいかないわ。

ザルモナ
 マイヤーズ社がクローン技術で生み出したサイボーグはそれぞれがメモリーコアを持ってる。

ザルモナ
 それぞれのコアにはなんらかの記憶が保存されてて、もともとは人格を持たないサイボーグに人格を与えている。

ザルモナ
 その記憶はほとんどがマイヤーズ社の社員から抽出されたもの。

ヴァレリア
 なるほど。あなたはメモリーコアに保存されている記憶を読むことで真犯人を突き止めて、自分の無実を証明したいのね。

ザルモナ
 そういうこと。これはアタシのためだけじゃない、G4地区の平和のためでもある。

ザルモナ
 真相にたどり着くまでアタシは調査を続けるわ。たとえこの事件の黒幕がマイヤーズ社だとしてもね。


ザルモナ
 よし、アタシの話はおしまい。

ザルモナ
 とにかく、手伝ってくれてありがとね。

ザルモナ
 ほら、キーカードを受け取って。


 私はザルモナが差し出した法務部のキーカードを受け取った。

ザルモナ
 けどさ……あなたはまだ調査を続ける気?

ザルモナ
 アタシと一緒に今すぐここを出たかったら、できないこともないよ。

ヴァレリア
 え? でもロビーのゲートは……閉まってるんじゃ?

ザルモナ
 そうなんだけどさ。実は、これのことうっかり忘れてたんだよね。


 ザルモナはポケットから時計を取り出した。

ヴァレリア
 え……時計?

ザルモナ
 この時計は見た目以上にすごいのですよ、おねーさん。

ザルモナ
 これは元は昔の友だちから貰ったもので、それをアタシがちょびっと改造したの。

ザルモナ
 これを着ければ、どこへでもテレポートできるのよ。

ヴァレリア
 (……そんな大事なもの忘れてたの!?)

ザルモナ
 ただ、欠点は……

ザルモナ
 どこへでもテレポートできちゃうってところで。

ヴァレリア
 ……どういう意味?

ザルモナ
 つまり……

ザルモナ
 テレポートする場所を自分で決められないの。エヘヘ。

ヴァレリア
 ……。

ザルモナ
 一度、男の人のお風呂場にテレポートしちゃってさ……ホーント恥ずかしかった。

ザルモナ
 でもホラ、なんにでもリスクはつきものだから。でしょ?

ザルモナ
 で、アタシと一緒に来る? こんなとこさっさと出ようよ。

ヴァレリア
 ……。

ヴァレリア
 ごめん、ザルモナ。私はまだ出ていくわけにはいかない。

ヴァレリア
 私とその人がどういう知り合いだったのかも、どうして知り合いだったのかってことさえも私が覚えてないのに、私のために命を投げうってくれた人がいる。

ヴァレリア
 その人はいま、ロビーに閉じ込められてる。その人のことが心配なの。

ザルモナ
 ……。

ザルモナ
 そっか。

ザルモナ
 アタシも一緒に行こうか?

ヴァレリア
 ダメ。危険すぎる。

ヴァレリア
 これはすべて私のせい。私はここに来るべきじゃなかった。

ヴァレリア
 他の友だちまで巻き込むわけにはいかない。私は友だちが傷つくところは見たくない。

ザルモナ
 ……。

ザルモナ
 分かった。

ザルモナ
 なら、無事でいるって約束して。いつかまた会えるといいね。

ザルモナ
 そのときは……あなたも本当の名前を言えるようになってるかも。

ザルモナ
 じゃあね、お姉さん。記憶が戻ったら昔のこと全部聞かせてね。いい?

ヴァレリア
 もちろん。またね、ザルモナ!



 !?


 消えた。


 今回はどこにテレポートしたのだろうか……


 さて、私も先に進まなければ。


 次の目的地は……


 法務部だ。


 調査完了:サイボーグのメモリーコアを発見した。